バンクーバーからの便で届いた荷物は置かれていたが
バンクーバーからの便で届いた荷物は置かれていたが

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。今回は、ロストバゲージについて。

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 旅には不運がつきものだ。しかしそれがあまりに重なると、自分に落ち度があるような気になってくる。

 いや、ない。こればかりは。

 ロストバゲージと呼ばれることが多いトラブルだ。正確にはディレイドバゲージという。預けた荷物が、到着空港で出てこないことをいう。僕自身にはなんの落ち度もないのだが、なぜかこの被害によく遭う。荷物には貴重品こそ入れないものの、洗面用具や下着、衣類などが入っている。着替えのできない何日かをすごすことになる。

 これまで到着空港に荷物が届かなかったことは10回以上ある。バンクーバー、サハリン、バンコク、東京……。空身でホテルに向かう夜が蘇る。その憂き目に遭っていない人が多いというのに、1年に1回はディレイドバゲージなのだ。

 それだけ数多く海外に出ていたということかもしれない。コロナ禍前は、1カ月に1~2回は海外に出ていた。

 しかし新型コロナウイルスの感染が広まり、海外旅行も出にくくなっている。それでも昨年の11月から12月にかけ、世界一周の旅に出た。最後はカナダのバンクーバーから東京の成田空港まで、エアカナダに乗った。

 PCR検査を経て、14日間の自主隔離の説明を受け、荷物がターンテーブルの上に載せられるバゲージクレームの前に着いた。

 新型コロナウイルスの水際対策の影響で、荷物受けとりまで2時間近くかかる。ターンテーブル上にあるはずの荷物は、そこから降ろされ、並べて置かれていることが多い。そこから自分の鞄を探す。

 ない。

 もう一度、丹念に荷物に目を凝らす。

 やはり……ない。

 荷物のトラブル受付カウンターに向かう。成田空港では4回ディレードバゲージに遭っているので場所も覚えてしまった。いつも2、3人の乗客がいる。なかには怒り心頭といった体で大声を出す人もいる。僕も最初は文句が口をついて出たこともある。しかし担当の女性が荷物を積み忘れたわけではない。怒ってもことは進まない。粛々と書類を埋めるしかない。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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