じっと座って勉強に集中する練習もした。最初は5分やって5分休憩。集中する時間を、10分、15分と伸ばしていった。すると徐々に、決めた時間は集中できるようになってきた。また、部屋を片づけて、収納ボックスなど集中を切らす原因になりそうなものを、座った位置から目に見えない場所に移動した。

◆父とふたりで飲みに行ってわかったこと

 鳥巣さんの団体では、ひきこもりの人たちが立ち直るために「コーチング」という手法を用いている。コーチングとは、人が本来持っている力や可能性を最大限に発揮できるようサポートするためのコミュニケーション技術だ。傾聴、承認、質問といった技法により、本人の「気づき」を促していく。

「コーチングを受けた感想は、一言で言えば『スッキリした』。心がもやもやしていたのが、解けていくようで気持ちよかったんです。自分の性格や心の癖がわかり、抱えている問題の原因がわかってきた。落ち込んでも、どうすればいいかわかる。最近では、すぐあきらめる癖がなくなって、意欲的になってきたと感じます」(大和さん)。

 そのうちに、「人を元気にする仕事っていいな。得意なことを生かして、体育教師になろう」と考えるようになった。

 教員免許を取るために、短大を出たあと、他県の大学に編入した。しばらく家族とは疎遠だったが、あるとき父が訪ねてきてくれた。

 その日、初めてふたりで飲みに行った。暴力事件の後、父は髪の毛が一気に抜け、老けてしまっていた。

「進路を決めるとき、自分の意見を押しつけて悪かったな」と大和さんに謝ってくれた。

「今では、父は本当は優しくて気の弱い人だったんだなとわかります。ひきこもった息子に無関心だったわけではなく、何も言えなかっただけ。暴力をふるったことに対しても、ひとことも僕を責めなかった。今でも、完全に許せたわけじゃないけれど、社会人になった今では、働き続けてきた父の立派さがわかるし、応援してくれていることを感謝しています」

◆職場の先輩に思い切って打ち明けたところ…

 編入した大学を2年間で卒業し、晴れて中学・高校教諭の一種免許状(保健体育)を取得。今の職を得ることができた。

 学校での仕事は忙しく、常に分刻みで行動しなくてはいけないので、焦って集中力がなくなることもしばしばだ。現在でも、多動症の症状が出そうになることがある。そんなときも、鳥巣さんに教わった方法で気持ちを落ち着かせることができている。

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自分の使命は何か