投げることが大好きだった男が投げることに恐怖を感じた。その苦しみは想像できないものだろう。

 よどみなく話していた松坂が珍しく感情をあらわにしたのは家族に質問が及んだ時だった。しばらく言葉が出ず、目に涙があふれた。「辞めると報告したとき、泣いていた。妻に電話をしたら息子がいて『長い間お疲れさまでした』と言ってもらった。いい思いをさせてあげられたかもしれないけど、家族なりにストレスもあったと思う」

 松坂が年俸に見合う働きができなかった現役後半はネット上で批判を超えた誹謗中傷のコメントが常態化して見られるようになった。松坂だけではない。04年12月に結婚した元日本テレビアナウンサー・柴田倫世さんに向けられた誹謗中傷の書き込みも多く見られた。

 西武OBは松坂の心境を慮る。 

「自分自身に向けられた批判なら結果を出していないからと割り切れる部分はあるが、家族に向けて見るに耐えられないコメントが大量に書き込まれるのは本当に辛かったと思う。大輔から笑顔が消えたのはケガで思うような球が投げられなかったからだけではない。奥さんや家族に対しての書き込みは明らかに度を超えていた。心もボロボロだったと思います」

 松坂は引退会見でこう語っている。

「これまでは叩かれたり、批判されることに対して、それを力に変えて跳ね返してやろうってやってきたけど、最後はそれに耐えられなかった。もう最後、本当に心が折れたというか、今まではエネルギーに変えられたものが…受け止めて跳ね返す力がもうなかったですね」 

 西武OBのG.G.佐藤氏は19日に自身のツイッターで、「松坂大輔ほど実績があって、お金を稼いでる人でも誹謗中傷を相手に心を折る。それくらい誹謗中傷っていうのは恐ろしい。誹謗中傷は止めよう。そして、悪意がなくても投稿する前に『これは相手が傷付かないかな?』と一旦考えよう」と呼びかけた。

 結果が出なければ批判されるのはスター選手の宿命といえる。ただ、松坂や家族に対して人格否定のようなコメントがSNS上で数えきれないほど見られたのも事実だ。批判と誹謗中傷は違う。SNSの無い時代だったら、これほどのストレスは受けなかっただろう。松坂が記者会見で語った言葉を受け止めなければいけない。(松木歩)