関ヶ原の決戦前後に繰り広げられた全国の「局地戦」 真田昌幸・幸村が知略を駆使した戦いとは?

歴史道

2022/01/03 08:00

 東北から九州まで、関ヶ原合戦は9月15日の「本戦」だけではなく全国で局地戦があった――。慶長5年(1600)7~10月にかけて、東西両陣営が全国で熾烈な局地戦を展開していた。日本を真っ二つに割った戦いは東北・九州にまで波及し、地方でもさまざまな野望が交錯していた。地方の戦いの戦況によっては、日本を真っ二つに分けた戦いがその後も続いていたかもしれないし、勝敗すら変わっていた可能性もある。週刊朝日ムック『歴史道 Vol.16』では、主な「局地戦」を徹底解説。今回は、真田父子が知略を駆使して戦った「第二次上田合戦」を取り上げる。

あわせて読みたい

  • 謎解き「関ヶ原合戦」ドキュメント! 決戦の地になったのは偶然? 戦いの火蓋は何時に?

    謎解き「関ヶ原合戦」ドキュメント! 決戦の地になったのは偶然? 戦いの火蓋は何時に?

    dot.

    1/1

    「小早川秀秋は開戦と同時に寝返った」は本当か? 関ヶ原合戦ドキュメント「裏切り」の謎

    「小早川秀秋は開戦と同時に寝返った」は本当か? 関ヶ原合戦ドキュメント「裏切り」の謎

    dot.

    1/2

  • 真田家家臣・小山田家13代「幸村の姉を嫁にもらった重臣、池波正太郎氏も取材に来た」

    真田家家臣・小山田家13代「幸村の姉を嫁にもらった重臣、池波正太郎氏も取材に来た」

    週刊朝日

    11/2

    源義経と真田幸村 戦上手と名高い武将2人は生きざまも人気 

    源義経と真田幸村 戦上手と名高い武将2人は生きざまも人気 

    AERA

    9/9

  • 「徳川秀忠」安定の手腕 律儀すぎると酷評された三男が、なぜ将軍職を継げたのか?

    「徳川秀忠」安定の手腕 律儀すぎると酷評された三男が、なぜ将軍職を継げたのか?

    dot.

    5/7

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す