高橋久美子さん(撮影/写真部・加藤夏子)
高橋久美子さん(撮影/写真部・加藤夏子)

 東京で作家、作詞家として活躍している女性が、実家の父親が明治時代から受け継いできた田畑を太陽光発電業者に売ろうとしていることを知る。「実家の畑を太陽光パネルにしたくない!」という思いに駆られた彼女は、土地を買い取り、自分たちの手で田んぼと畑を維持することを決めた――。この女性とは、ロックバンド“チャットモンチー”のドラマーだった高橋久美子さん。エッセイ『その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱』で、農地取得の交渉や農作業の大変さ、地方の慣習などと向き合い、戸惑いながら、どうにか実家の田畑を守ろうと奮闘する日々を綴っている。

【写真】チャットモンチー「完結」

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■他人事ではない、農業の話

 ふだん音楽の記事を書くことが多い筆者は、彼女が“チャットモンチー”に在籍していた時期、何度も取材で対面している。当然、その頃は音楽の話が中心で――彼女は個性豊かなドラマーであり、際立った才能を持った作詞家でもあった――実家の話はまったくしてない。メンバーが出会った徳島でのエピソードが出てくることはあっても、生まれ育った愛媛のことや農業のことは聞いたことがなかった。つまり、彼女のバックボーンをほとんど知らなかったのだ。高橋さん自身「東京で地元の農業の事を話しても、わかってもらえない」という思いもあったのだろう。

 だからこそ、『その農地、私が買います』を読んだときは驚いた。高橋さんの実家、こんな大変なことになっていたのか、と。そして、「これは他人事ではない」とも。

 愛媛出身の高橋さんは、高校卒業後、徳島の大学に進学。在学中から音楽活動に力を注ぎ、上京した。彼女が在籍したチャットモンチーはメジャーシーンで大活躍。バンド脱退後は作家・作詞家として才能を発揮している。音楽、文筆活動を通し、華やかで充実した人生を送っていた彼女だが、決して故郷と距離を置いていたわけではなく、20代の頃から農繁期には実家に戻り、農作業を手伝っていたという。バンド脱退後の2012年からは、愛媛と東京の二拠点定住の形をとり年の三分の一は愛媛で過ごすようになる。

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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なぜ「農地を買う」決意をしたのか?