佐藤健寿『世界』より
佐藤健寿『世界』より

―─写真集・写真展のタイトルはとてもシンプルな『世界』です。タイトルに込められた意図は?

 最初はもっと凝ったタイトルも考えていて。実際、制作当初は違うタイトルだったんです。でも写真を選定しながら中身が徐々に見えてくると、どうにも一つで括る適当な言葉が見当たらなくなりました。でも考えてみれば当然で、奇界遺産のようにあるテーマに基づいて撮ったものではなく、旅の中や日本での生活の中で撮影した色々なので、結局これは何だと突き詰めて考えると自分が見た「世界」だという考えしかうかばなかった。

 普通は「売る」ためにそこに形容詞を当てたりして装飾しないといけないんですけど、なんかそれすら嘘っぽく思えるような何かがあったので、今回は思い切って完全に一般名詞のタイトルにしました。

「世界」という言葉は僕も仕事上、常に口にする言葉ですが、地理的な意味での大きな「世界」とか、「写真の世界」みたいな限定的な意味とか、いろんな場面で使われる言葉です。つまり文脈によって意味が大きく変わる。とてつもなく大きな概念にもなるし、ものすごく小さな概念にもなる。

 実際、こうして写真を並べてみると、自分が見てきたごく一部の小さな「世界」ともいえるし、逆に「世界」の大きさを感じることもあるとも思います。そういう「世界」という言葉がもっている二重性をそのままタイトルに込めています。英題の「MICROCOSM」は直訳すれば「小世界」という意味ですが、この写真の連なりがそのまま自分が描いたミクロな世界観でもあり、それぞれの被写体が属するミクロな世界、それが集まって「世界」を作っているという意味でもあります。

 あとは昨今、インスタなどSNSのハッシュタグに象徴されるような、風景でも写真でも書籍のタイトルでも、何にでもラベリングしないと気が済まないというか、あらゆるコンテンツを即時に理解できるものにしようとする強烈な動機付けがあると思います。SEO的な合理性が社会全体にまで侵食してきているというか。でもそれは結局、市場で埋没しないための差別化の果てのゲームみたいなもので、実際のところは不毛な言葉の荒野になってしまっている。そういう価値観から離れたものを造りたいという思いもありました。

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突き詰めた先に見えたフラットな「世界」