「退位礼正殿の儀」で「おことば」を述べる天皇陛下=2019年4月30日午後5時8分、皇居・宮殿「松の間」、嶋田達也撮影(c)朝日新聞社
「退位礼正殿の儀」で「おことば」を述べる天皇陛下=2019年4月30日午後5時8分、皇居・宮殿「松の間」、嶋田達也撮影(c)朝日新聞社

 訴状、蹶起趣意書、宣言、遺書、碑文、天皇のおことば……。昭和・平成の時代には、命を賭けて、自らの主張を世の中へ問うた人々がいた。彼らの遺した言葉を「檄文」という。

 保阪正康氏の新刊『「檄文」の日本近現代史』(朝日新書)では、28の檄文を紹介し、それを書いた者の真の意図と歴史的評価、そこに生まれたズレを鮮やかに浮かび上がらせている。今回は、2019年に執り行われた上皇陛下の退位礼正殿の義でのおことばから。

*  *  *
<退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(平成31年4月30日)>

 今日をもち、天皇としての務めを終えることになりました。
 ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。
 即位から三十年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。
 明日から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

■天皇の素朴な「人間の声」─天皇の退位についてのおことば

 天皇が生前退位するのは、近代史の時にはなかったが、現代史に入って初めて実行されることになった。近代日本の天皇制は、「皇室典範」によって終身在位であり、加えて男系男子の継承が決まっていた。

 明治、大正、昭和と三代の天皇は、自らの死が天皇としての役割を終える時であった。その日まで寝たきりの状態であろうが、天皇としての役目が課せられていたのである。平成の天皇は、こういう制度がいかに非人間的かを訴えて、生前の退位を認めるように訴えた。それが平成28年(2016)8月のことであった。

 その時の「おことば」の中には、「(私も)既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」という一節がある。「天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」とも訴えている。そういう事実を語ることによって、生前退位の方向を認めてほしいといった意味合いを強調されている。

次のページ