そう言っておばあさんは涙を流し、嗚咽をくり返して、声を絞り出すように中村さんに伝えました。

「あなたがここにきてくれて嬉しい」。

 中村さんには気持ちが痛いほどわかりました。「ひきこもりの僕と同じだ」と思ったそうです。ひきこもりの自分は働けない。何もできない。価値もない。自分を責めながら家の中で6年間、必死でもがいて苦しんできた。ずっと孤独だった。いま目の前にいるおばあさんも同じように孤独のなかを苦しんでいるのではないか。そう思うと、ぐっと胸が締めつけられました。帰り際、おばあさんは「これしかできることがないけど」と言って缶ジュースを4本、中村さんに手渡して、にっこり笑ってくれたそうです。

◆本当に人を救うのは「共感」 誰でもよかったわけではない

 私の勝手な憶測ですが、ひきこもりの心境と被災者の心境は似ている部分もあるのだと思います。すくなくとも、おばあさんの気持ちは救われたでしょう。誰でもよかったわけでもありません。自分の心の痛みに中村さんが強く共感したからです。私は不登校やひきこもりの取材を長く続けていますが、本当に人を救うのは「共感」だと思っています。医者が出す薬よりも、専門家のアドバイスよりも、誰か一人でもその人の痛みに心を寄せてくれる。共感されて救われたというケースを何度も聞いてきました。中村さんは、そのひきこもり経験によって被災者の一人の心を軽くすることができたのです。

 中村さんはおばあさんとの出会いに今後の活動にヒントを得ます。おばあさんとの出会いを聞いたボランティア仲間も「被災者の気持ちを聞くのもボランティアです」と道を示してくれました。その後、中村さんは多くの被災者の声を聞くようになります。「一人でいると震災のことを思い出す」「知り合いを作るのが難しくて寂しい」、訪問先でそんな声を聞くたびに魂が揺さぶられました。何かできるわけではないが気持ちを聞く。そんな中村さんの活動に救われた人もいたことでしょう。

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あれから10年。今どうしているのか