医療・人道援助を行う民間の国際NGO「国境なき医師団」(MSF)。週刊朝日ムック「医学部に入る2022」(9月24日発売)では、救急医・医療活動マネジャーとして、主に紛争地で活動する真山剛医師に話を聞いた。

真山剛医師(写真/戸嶋日菜乃<写真部>)
真山剛医師(写真/戸嶋日菜乃<写真部>)

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 真山剛医師が「国境なき医師団」(MSF)を知ったのは、進路を決めかねていた高校生のときだった。母親が長くMSFへの寄付を続けていたため、「国境なき医師団ニュースレター」が家にあった。何げなく読み始めると止まらなくなった。世界には医療の手が届かない人が大勢いること、MSFはそんな土地で活動していると知った。

医師にもアウトローがいる。将来を決めつけなくていい

 このニュースレターを読まなければ、自分は医師になっていなかったのではないかと真山医師は思っている。

「医学部に入ったら、敷かれたレールの上を歩かなくちゃいけない気がしていたんです。でもMSFを知って『こんなアウトローの医師もいるんだ!』と驚きました。まずは医師免許をとって、それから将来を考えてみるっていうこともあるのかな、と」

 医学部に進んでからも、自分がどんな医師になりたいのか具体像は見えなかった。学業は「留年しない程度に」頑張り、長期休みにはバックパックを背負って世界を歩きまわった。初期研修になって専門科を考え始めたとき、東日本大震災が起こった。

「研修医でしたが、被災地に派遣される医療チームに参加させていただきました。避難所でいろんな患者さんの訴えに耳を傾けるうちに、非常時には高い専門性よりも、全身のさまざまな症状に対応する広い知識が必要なんだとわかって、後期研修は救急医を選択することにしたんです」

 そしてずっと心の中にあったMSFで働こうという決意も固まった。後期研修修了の1年後には救急専門医の資格を取得し、念願のMSFに応募して採用された。

手の施しようのない人も。挫折を感じたシリア派遣

「国境なき医師団」の一員となった真山医師は、2016年から約1年に1回のペースで中東の紛争地域で医療活動をおこなっている。1回の派遣期間は平均4カ月で、過去5回の海外派遣を経験してきた。

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