■猫みたいな生き方が幸せだと改めて感じる

 中川医師をはじめとした医師たちの適切な対処のおかげで、退院から1年以上経ちましたが、元通りの生活に戻りました。いったん現代医療システムに組み込まれた身ですので、いまは潔くコレステロールや中性脂肪等を抑えるために処方された9種類もの薬を飲み続けています。

 もっとも、食生活は相変わらずで、「糖質を抑えて」などとは言わず自由に好きなものを食べています。

ただ、もともと食糧難の時代に育ったので、おなかが満たされれば何でもよく、グルメでもないのでぜいたくはいいません。大病を患った後で変わったことといえば、たばこの量が減ったこと。まあ、公式にはたばこはやめたことになっていますが(笑い)。そして、死というものは自分ではなく家族の問題であることを改めて認識したことです。死については自分が大病したことと、昨年12月に18年間連れ添ったの「まる」が亡くなったことの影響もあるかもしれません。死は、親しい間柄であればあるほど、心に深い傷や悲しみを負うものです。そして順送りしていくものなんです。

 だから死は、本人には問題ではありません。あくまでも家族にとっての問題です。「終活」などといって、生前にあれこれ指示しても、死んでしまえば何もできません。生きている家族にすべてを委ねるしかないのです。死に方も死んだ後のことも、しょせん本人にはコントロールすることはできません。だから「こういう死に方はみっともない」とか「死ぬ前に準備をする」とか、そんなことを考えても無駄だと思っています。

 動物はいちいち意味など考えず、感覚だけで生きています。猫が日当たりのよいところにいるのは、そこにいるのが気持ちよいからです。「まる」もいつも夏は家の中で一番涼しいところ、冬は一番暖かなところを陣取っていました。

 自分にとって一番居心地のいい場所を探して暮らす。そうすればストレスもありません。そんな猫みたいな生き方が幸せなのかなと、改めて考えてみたりします。

(山下 隆)

※「朝日脳活マガジン ハレやか」(2021年 10月号)より抜粋

養老孟司(ようろう・たけし)1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉市生まれ。(c)朝日新聞社
養老孟司(ようろう・たけし)1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉市生まれ。(c)朝日新聞社

ようろう・たけし/1937(昭和12)年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士、解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学を研究し東京大学医学部教授となる。95(平成7)年、57歳の時に自主的に退官。その後北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。毎日出版文化賞特別賞を受賞した『バカの壁』(新潮新書)は、447万部の大ベストセラーとなった。養老先生が、老いと死、医療について語る、治療を担当した東大病院の中川恵一医師との共著『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)発売中。