■黒死牟が「月の呼吸」を会得するまで

<人を妬まぬ者は 運がいいだけだ 出会ったことがないだけだ 神々の寵愛を一身に受けた者に>(継国巌勝/20巻・第177話「弟」)

 巌勝は縁壱との再会以降、縁壱の「強さと剣技」を我がものにしたいと渇望するようになった。結局、巌勝は継国家を捨て、妻子を捨て、弟とともに生きる道を選んだ。縁壱の使う「日の呼吸」を使えるようになりたい一心だった。

 しかし、縁壱に教えられても、巌勝が習得できたのは、その派生である「月の呼吸」だった。太陽と月。太陽に照らされることによってしか、輝けぬ月。それは、まるで縁壱と巌勝の関係性をそのまま物語るかのような結果だった。

■すれちがう継国兄弟

 継国兄弟が、ともに鬼狩りの剣士として、支え合った短い期間に、巌勝がこんなふうに弟に語りかけたことがあった。

<後継をどうするつもりだ? 我らに匹敵する実力者がいない>(継国巌勝/20巻・第175話「後生畏るべし」)

 巌勝のこの発言は、後継不安の言葉を借りてはいるものの、実際には「我らが最強の剣士であり、最強の兄弟なのだ」という誇りに満ちたものだった。この「神々に愛された男」は自分の弟で、その実力に寄り添える者は、自分だけなのだという自負。兄弟というつながりを強く感じているからこその言葉だ。

 しかし、縁壱の返答は、どこかで新たな才能の持ち主が生まれているのだから、「私たちはいつでも安心して人生の幕を引けば良い」というものだった。弟は、兄ではない他の誰かを「我らの後継」として見つめ、自分たちが存在しない未来を見ていた。この事実は、巌勝の心をひどく傷つけた。なぜ、弟は兄を見ない。なぜ、兄の技こそが、唯一自分と「一対の技」なのだと言わない。

■たとえ鬼になってでも

<兄上の夢は この国で一番強い侍になることですか? 俺も兄上のようになりたいです 俺はこの国で二番目に強い侍になります>(継国縁壱/20巻・第176話「侍」)

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「何だ、この醜い姿は…」