「職場では、いまだにあいさつ以外の会話はほとんどしたことがありません。でも、『唐揚げを落としました』という報告も、以前はなかなかできなかったけど今はできるようになったし、『今日は雨が降っているから、総菜を減らしますか?』といった相談もできるようになりました」

 とはいえ仕事は、まだ半人前。覚えなくてはいけないことがたくさんあるし、「揚げ物をしながらパック詰め」など並行して複数の作業をするのは、なかなか慣れることができない。スピードが遅いので、同僚に手伝ってもらいながら残業することも度々ある。それでも1年間、やめずに続いている。

 渉さんの今の夢は、正社員になることだ。途中で挫折した運転免許は、再チャレンジし、無事取得することができた。バイトと並行して、週1回、パソコンのプログラミングの学校にも通い始めた。

「できればいつか、ジープを買いたいと思っています。それから、ちょっとだけバーテンダーの仕事に興味があって。そのうち、カリスマバーテンダーを訪ねる旅をしてみようと思っています。今のバイトは、少なくともあと半年は続けるつもり。少しずつ経験を重ねて、自分を肯定できる人になりたいです」

 そんな渉さんの言葉から、空虚さは全く感じられなかった。(取材・文/臼井美伸)

臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身。津田塾大学英文学科卒業。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com
『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)
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