日本は部活動でも練習量が多く、長い練習に耐えられる人が生き残っていく文化が根強くある。そうして生き残った人が指導者に就くため、根性論を掲げた指導方針は未だに払拭されない。

「どんなスポーツでも1カ月などの一定期間は競技から離れることが望ましいとされ、休養を含めた年間のスケジュールが組まれています。世界中をみても、毎日ずっと練習しようとする国は、僕が知っている限り、日本とあとは韓国ぐらいではないでしょうか」

 スポ根の世界では、バーンアウトして(燃え尽きて)しまったらそれで選手生命は終わり。故障やメンタルの不調は、トップ選手の資質に欠け才能がないということで、淘汰されて終わり。以前は選手をケアして、パフォーマンスを向上させていく仕組みがなかったともいえる。
 
 それも今、変わりつつあるという。例えば、オリンピックの選手村に入れる人数は限られており、かつては選手と監督しか入れていなかったが、現在はトレーナーに枠を用意するようになったそうだ。そして、身体的なケアだけなく、メンタルのケアの専門家も帯同することも現在は行われている。日本の社会では、そこまでメンタルケアの重要性が浸透していないので、その意味では、大坂選手の告白は大きな意義があった。

「選手村に入れる枠は各競技決められています。過去に選手の1枠を体のケアをするトレーナーに変えるかどうかで議論がありました。選手を1人減らしてでもケアをする人がいた方が、全体のパフォーマンスが高くなるのです。この点は根性論から脱却した一歩です。今後はメンタルケアの専門家が入っていくと思います」

 実は、重要なトップアスリートのメンタルケア。東京五輪・パラリンピックが迫ってきているが、コロナ禍で国民の多くがその開催を心から望んでいるとは言い難い状況だ。

「スタートラインに立った時に、罵声を浴びせられるんじゃないかと不安になる選手がいてもおかしくないですね」

 もし選手が、五輪開催の是非を問われた時にどのように答えるべきか。為末さんはもともと、アスリートは自身の意見をもっと発信した方がいいという立場だ。選手は社会との接点を持つことができるし、アスリートの発言を社会に還元することができるからだ。しかし、開催直前の今の状況では、「守りに入ってもいい」と考えている。

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選手としては無言戦略がいい