だが、結婚を発表したあたりから、山里の自虐芸に世間から疑問の声が投げかけられるようになった。いまや山里は多数のレギュラー番組を抱え、誰もが知る有名女優を妻に持つ「人生の成功者」というふうに見える。そんな彼が自分を蔑むようなことを言っても、それをしらじらしく感じてしまう人がいるのも無理はない。

 今回の「明日のたりないふたり」では、まさにそのテーマが扱われていた。たりないふたりは芸能界の出世の階段を駆け上がり、本当に「足りて」しまったのか。これからどうやって生きていけばいいのか。

 テレビなどで見る限り、結婚後も山里の芸風に大きな変化はない。持たざる者から持つ者になっても、人間の性根の部分は変わらない。もともとその変わらないところが「たりない」と呼ばれていたのだろう。

「女優と結婚したからもう満たされているだろう」という常識は、山里という怪物には当てはまらない。むしろ、結婚したのに、それでも他人に嫉妬し続け、毒を撒き散らす生き様こそが、本当の意味で「たりない」ということなのだ。

 若林は、相方として山里のそんなたりない部分に真正面から切り込み、問題の本質をえぐり取ってみせる。そして、返す刀で自らの生き方にも目を向け、心の腫瘍を摘出していく。

 このライブでは、彼らが普段のテレビの仕事では見せないような部分まで赤裸々に公開していた。それは、配信チケットを購入して、たりないふたりをここまで追いかけてきたファンに対する最大級のファンサービスだろう。

「たりなさ」を更新し続ける40代の2人が魂を削り合う漫才は、スリリングな面白さに満ちていた。ネタバレは控えるが、特にエンディングの演出は圧巻だった。

 6月5日現在、「明日のたりないふたり」の配信チケットは販売されており、見逃し配信で視聴することもできる(Huluストアなどで6月8日23時59分まで見逃し配信中)。

 上質な漫才ライブでもあり、胸に刺さるドキュメンタリーでもある。このライブの面白さは実際に見た人にしかわからない。満ち足りない思いを抱えるすべての人におすすめしたい。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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