親が離婚した子どものサポートにあたるNPO法人ウィーズの光本歩理事長(32)も、「両親が争い、負の感情を長引かせることで子どもがしんどさを抱え続けているのが現状です」と指摘する。

「子どもたちは『お父さん、お母さんの争いを見るのが一番つらい』と言うんです。片方の親が『(もう一方の親は)悪い人だった』と言えば、自分を否定されているように感じてしまう。『なんで結婚したの、なんでそれが分からなかったの、結婚して私を生まなきゃよかったじゃん』って子どもは考えるんです。それに気がつく親はほとんどいません」と光本さん。居場所の分からない親に会いたいとの相談も相次いでいるという。

 それまで当たり前だった生活や、「両親が一緒に生活する」との固定観念、理想の家族像が崩されることから、離婚を経験した子どもたちは「喪失体験」を持つと光本さんは話す。それらは「普通じゃない」との孤立感に結び付きやすく、生きづらさにつながっていくという。

「喪失体験をなくすことはほぼ不可能でも、少なくする方法はあると考えています。子どもが別居親を認識していること、子どもと別居親が接点を持っていること、同居親がそのことを心から納得していることの三つが必要です。面会交流は子どもが親を知り、離婚と自分の人生を切り分けて前に進んでいくためのキーになるものと捉えています」(光本理事長)

 そうした考えは、光本さん自身の経験にも基づいている。両親が離婚したのは13歳の時。母の借金が原因で、父と妹の3人で早朝4時にひっそりと家を出た。

「『努力した稼ぎのすべてを持って行かれた』と父は母をひどく憎んでいました。借金が原因でしたから養育費や面会交流の話なんて出るはずもない。私は父に連れ去られたと思ってはいませんが、大阪から静岡に移ったので『こんな遠くに来ちゃったから二度とお母さんには会えないんだな』とあきらめの気持ちでした」

 母に「バイバイ」と言えなかったことが心に引っかかり続けた。高校生となりアルバイトを始めた光本さんは、「バイバイ」を告げるために、お金をためて母に会いに行くことを思いつく。自分で稼いだお金だから父に気を遣う必要もない。高速バスを使い、4年ぶりに会った母は、新しい彼氏を連れて現れた。

「衝撃でした。バイトをして、私がこんなに苦労しているのに、『彼氏だよ』ってのこのこ連れてきて。でも『こんな母だから離婚したんだ』と腑に落ちました。母はもう自分の人生を歩んでいる。『笑顔でバイバイ、またねを言う』という目的も果たせたし、親の離婚と自分の人生を切り分けて前に進んでいこうと。ある意味悪い面会交流だったとは思いますが、ターニングポイントになったのは確かです。自分の目で見て納得することが大切で、だからこそ子どもが親を知る機会を奪わないでほしいんです。子どもにとってお父さん、お母さんは変わらない、大事な存在。現在のように紛争を助長しがちな制度ではなく、親同士の葛藤を下げられるような支援、子どもが離婚による不安や負担を更に感じることがないような制度や仕組み作りが必要だと考えています」

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