だが、彼女は人間に戻ることを望まず、「鬼として」消滅することを選んだ。理由は2つ。家族を殺した罰をわが身に受けとめたいと望んだため。もうひとつは、人を喰っていない愈史郎を、自分の罪に「永遠に」寄り添わせることを避けたかったからだ。亡くした家族へのざんげと、愈史郎のその後の幸せを願って、彼女はたった1人で地獄へと旅立った。

 彼女は多くの人を救った。その証に、珠世に救われた人々は彼女に感謝し、愈史郎と愛・茶々丸の心は、ずっと珠世とともにあった。決して消えなかった彼女の罪が、少しでも軽くなるように、許されますようにと、くり返し祈りながら。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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