●戸隠神社、神仏混淆の歴史

 戸隠神社は、明治になるまで、戸隠山 顕光寺という名の神仏混淆の修験道場だった。比叡山、高野山と並ぶほどの規模を持つ霊場として日本中から参拝者を集めていたという。一大勢力であったために、武田信玄と上杉謙信の争いに巻き込まれた時代もあったが、江戸時代には徳川家康の庇護もあり、力を取り戻した。しかし、明治の神仏分離令により、神社へと転換を余儀なくされ、九頭龍大権現は九頭龍社に、奥院は奥社、中院は中社、宝光院は宝光社となったのである。ちなみに独立した神社として存在していた火之御子社はこの折、戸隠神社へ組み込まれた。

●神社で帰還中の仏さまを拝顔

 この戸隠神社が現在、6年に一度の式年大祭中(~5/25)である。主な行事は、宝光社の祭神の中社への御渡りであるが、この期間だけ廃仏毀釈時に、他へ移られた仏さまが社に戻られ、拝観できるという貴重な体験ができる。

「一生に一度は善光寺詣り」と言われた長野の善光寺と顕光寺(戸隠神社)は、セットで参拝するというブームが長く続いていたからか、6年に一度ご開帳する善光寺に合わせたように戸隠神社も式年大祭が行われてきた。残念ながら今年行われるはずの善光寺の開帳は、コロナ禍の影響で来年に延期となってしまったため、戸隠神社は単独の大祭となってしまった。

●6年おきに行われる祓の儀式

 善光寺と戸隠神社のこの催事は、信州・諏訪神社の御柱祭(6年おきに実施)ともリンクしている。丑・未年に善光寺・戸隠神社が、寅・申年に諏訪神社が大きな祓の儀式を行ってきたのである。丑寅と未申は、陰陽道のいうところの鬼門と裏鬼門にあたる。来年の御柱祭に向けての用意が、すでに今年から始まるのだが、善光寺のご開帳なしに滞りなく進められるのだろうか。善光寺のご開帳とは仏さまとの“縁を結ぶ”という大きな意味があるのだ。

●主祭神はスポーツの神さま

 さて、戸隠神社の今回の式年大祭のテーマは「令和の岩戸開き」「清明(さやけ)」なのだそうだ。アマテラスが岩屋から外に出られた清らかで明るい世界を祈願してとのこと。実際の世間は、ますますアマテラスを閉じ込めようと動いているようにも見えるが。

 奥社の祭神・アメノタヂカラオはスポーツの神さまとしてもよく知られ、オリンピックの代表選手などもよく祈願に訪れる。日本古来の土地の神、智慧の神、芸能の神、開拓の神と合わせると、今年の日本に必要な要素ばかりである。そう考えると、戸隠神社が持つパワーは、特に今年は重要な意味を持っているのではないだろうか。あと必要なのは的確な判断をする神……神頼みなのが情けなくもあるが……どこかにいてくれるとありがたい。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)

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鈴子

鈴子

昭和生まれのライター&編集者。神社仏閣とパワースポットに関するブログ「東京のパワースポットを歩く」(https://tokyopowerspot.com/blog/)が好評。著書に「怨霊退散! TOKYO最強パワースポットを歩く!東東京編/西東京編」(ファミマ・ドット・コム)、「開運ご利益東京・下町散歩 」(Gakken Mook)、「山手線と総武線で「金運」さんぽ!! 」「大江戸線で『縁結び』さんぽ!!」(いずれも新翠舎電子書籍)など。得意ジャンルはほかに欧米を中心とした海外テレビドラマ。ハワイ好き

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