日本社会で「慰安婦」問題を語るのは、とても気が重いことだ。語れば語るだけ火の粉が飛んでくるような経験を多くの人はしている。それは、この問題を「日韓」の問題と捉え、日本が“不当”に批判されていると考える人々を刺激するからなのだろう。それでも、「従軍慰安婦」から「従軍」を国が外すことを決めることが、「解決」になるはずもない。「慰安婦」被害者に限らず、全ての性暴力被害者の共通の願いは、加害者が事実を認めることだ。なかったことにしないでほしい。その強い思いで、被害者は声をあげてきた。日韓の問題ではなく、女性の人権、痛みの話なのだという視点が、この社会には絶望的に足りないのだと思う。

 今年は金学順(キム・ハクスン)さんが「慰安婦にさせられた」と声をあげてちょうど節目の30年になる。性病感染のない「処女」を、できるだけ多く、安価に、効率よくと、朝鮮半島で無数の10代の女性たちが戦地に追いやられた。長い沈黙の末、金学順さんが声をあげたのは、日本の国会で「あれは業者が勝手にやったこと、日本軍は関係ない」という発言があったことがきっかけだった。なかったことにするな、という悔しさが背中を押したのだ。言葉の力はあなどれない。「慰安婦」という聞き心地のよい、プロフェッショナルな職業のような錯覚をさせる言葉の前で、その暴力性はかぎりなく不透明になってしまった。意味を失わせ、言葉を軽くすることで痛みに向き合わない社会は、結局私たちの生きにくさにもつながっていくのかもしれない。暴力が見えなくなる。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

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北原みのり

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北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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