他の登場人物たちが、死ぬ間際に見る走馬灯や死者との邂逅で、幼少期のエピソードを重ねるのに対して、悲鳴嶼はかつてともに暮らした、あの「幼い家族」たちを思い出す。子どもたちの命が失われたことも、獪岳から過ちをやり直す機会を奪ったのも、悲鳴嶼と子どもたちとの思いがすれ違ってしまったのも、鬼の襲撃という悲劇のため。―明日さえ来れば、明日さえ来ていたら。

■悲鳴嶼の願いと救済

 無惨戦で重傷をおった悲鳴嶼の周りには、若い隊士や隠(かくし)たちが集まる。彼らは泣きながら、なんとか悲鳴嶼を助けようとするが、悲鳴嶼の傷は深い。

<他の若者たちの所へ行ってくれ 頼む 私の最後の願いだ…>(悲鳴嶼行冥/23巻・第200話「勝利の代償」)

 治療を受け入れてくれない悲鳴嶼に、隊士たちはなすすべもない。ただただ手を重ね、声をおさえて泣き崩れる。しかし、彼らの手のぬくもりが、悲鳴嶼にかつての「子どもたち」の姿を思い起こさせた。最後に悲鳴嶼は「幼い家族」たちと再会し、彼らに「皆で…行こう」と優しく語りかけた。

「お前たちを守ってやれず…すまなかった…」と悲鳴嶼は謝るが、どんなに多くの命が、彼の手によって救われたか。悲鳴嶼行冥はまぎれもなく鬼殺隊最強の柱だった。悲鳴嶼はわが身をささげ、闇夜から「夜明け」を取り戻し、多くの者に平和な「明日」を与えた。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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