逆に、認知症が始まってしまった人には、ショック療法のような形で、短時間にインパクトの強いシーンが詰まった作品が理想的だという。加藤医師はこう続ける。



「認知症を発症してしまうと予測効果が働かないので、未来に対する恐怖を抱くことが難しい。『今』怖くないとダメなんです。なので、ビジュアル的に強い刺激を与える作品を選んだ方が良いと思います。そして認知症の患者さんには、初めて見る作品よりも、過去に見たことのある作品を勧めたい。ストーリーを理解できなければ、脳への刺激が生まれにくいからです。過去に好んで見ていたホラー映画があれば、脳には当時の記憶が残っています。 まずは既知の作品を見ることで、眠っていた記憶や楽しみ方を思い出してもらい、慣れてきたら新しい作品を見ていくのが良いと思います」

 映画鑑賞が大の趣味だという加藤医師。これまで観てきた作品群をもとに、認知症予防に期待できるような「おすすめ」を挙げてくれた。

「名作で恐縮ですが、悪魔に取り憑かれた少女を描いた『エクソシスト』(1973/日本公開は1974年)です。少しずつ盛り上がっていく構成で、いつ来るのかという予測行為も働きやすい内容。ビジュアル的なインパクトもあります」

 続いては、公開から30年が経つ、あの名作だ。

「ホラーというよりもサイコ・スリラーのジャンルですが、猟奇的な殺人鬼を描いた『羊たちの沈黙』(1991)も良いと思います。じわじわ盛り上がる構成も理想的ですし、常軌を逸した人間の狂気を表していて、自分たちの周りにもこういう人がいるんじゃないかといったように、自分の状況と重ねやすい。私の職業柄でしょうか、個人的には霊よりも、人間の脳が制御できなくなった時が一番怖いと思っています」
 
 2025年には65歳以上の高齢者の5人に1人、40年には4人に1人が認知症になると予測されている(厚生労働省試算)。誰もがなり得るリスクを抱えているが、ならないうちから神経質に構えるよりも、楽しみながら予防できるのであれば、それに越したことはない。巣ごもりが続きがちな今、自宅でホラー映画に浸ってみるのも良いのかもしれない。
(取材・文=AERA dot.編集部・飯塚大和)