今では、▽仕事に関する資料は、柳さんに必要な情報だけを紙に印刷して渡す▽会話の際は、できるだけ簡潔に話をまとめて平易な言葉を使う▽質問には短く答える▽一緒に仕事をする関係者には、障害の特性や必要な配慮について書かれた文書を配る、など、試行錯誤しながら作った「ルール」が、仕事に生かされている。

 冒頭のバナナのやりとりも、その一つだ。

 大石さんから見て、「頑張りすぎてしまう性格」という柳さんは、自分で仕事にブレーキをかけられないことがある。柳さんは言う。

「どこからが障害による疲労なのかって、自分でも区別するのは難しいんです。なので、最後まで体力やコミュニケーション力が持つかは、毎回、賭けみたいなもの。結果、オーバーワークになって、どっと疲れてしまうことがよくありました」

 仕事中、一定のタイミングで数分間の休憩を挟みバナナを食べると、より長い時間、柳さんの体力や会話力が持続することに気が付いた。インタビューなら開始1時間がそのタイミング。バナナが良いという医学的な根拠はないが、同じ障害者のブログを見て試してみたのだという。

「なにが正解かはわからないけど、できなかったことができるようになると喜びを感じます」(大石さん)

 うまくいくヒントを探して、チャレンジと失敗を繰り返す日々である。

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大で芸能界は大きな打撃を受けている。

 今後の道筋が簡単に見通せない状況で、なぜ大石さんは複雑な障害を抱える柳さんと仕事を続けるのか。一方の柳さんは、自らの今後と、ともに道を模索する大石さんに何を思うのか。

 大石さんは、「私は仕事人としての柳さんを『面白い』と思っています。即興芝居をやれば、柳さんにしかない引き出し、アイデアがたくさん出てくるし、独特の文章力も持っている。彼にしか表現できないアートが必ずあると感じています。なので、仕事のモチベーションはとても高いんです」と柳さんの可能性を信じる。

 柳さんもあくまで前向きだ。「道筋が定まっていないのは僕にはうれしいことなんです。固定された道しかないよと言われると、障害がある僕には入っていくのが難しい。曖昧な方が可能性を感じられるんです」として、こう続けた。

「障害を知らない人が見たら、僕が単に大石さんに『甘えてる』ように映るかもしれません。ただ、障害者には頑張ってもできないことがあります。高次脳機能障害に限らず、どんな障害かを知ってもらい、それとなくサポートしてくれれば障害者の側も暗黙の感謝が生まれます。だから僕は今、大石さんと一緒に仕事ができているんだと思います」

 脳障害の俳優と事務所の社長。正解のない世界で「二人三脚」の歩みは続く。(取材・文=國府田英之)

◎柳浩太郎(やなぎ・こうたろう)
1985年生まれ。ミュージカル『テニスの王子様』の初代越前リョーマ役として人気を博す。2003年12月、交通事故に遭い高次脳機能障害を抱える。リハビリを経て舞台復帰し、困難と戦いながら舞台・映画・テレビで活躍。講演会で自らの体験を語り、高次脳機能障害の周知活動も行う。2021年6月、日本・英国・バングラデシュの3か国の障害のあるアーティストによる舞台「テンペスト~はじめて海を泳ぐには~」出演予定(東京・あうるすぽっと)。ツイッターアカウント・@yanagiktr

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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