治療のたびに何度か顔を合わすうちに、伊之助はしのぶに対して「会ったことがある」という、不思議な感覚にとらわれる。しのぶの美しい顔立ち、優しい口調、包み込むような態度が、伊之助の失われた記憶を刺激した。

<しのぶ 何処かで昔会った気がする>(嘴平伊之助/18巻・第160話「重なる面影・蘇る記憶」)

 しのぶが治療にあたった際、しのぶは、傷口に触らないよう伊之助にいいふくめる。しのぶが「指きりげんまん 約束です」と言ったことが、伊之助に何かを思い出させた。赤ん坊だった頃の伊之助に、母が繰り返し聞かせていたのは、この「指きり」の唄だったのだ。伊之助の中の母親像が、しのぶのイメージと混ざり合う。

 伊之助はけがをするたびに、しのぶに診察を受け、介抱してもらった。作中で、伊之助はカナヲに対して「怪我(けが)をしたらお前アレだぞ しのぶが怒るぞ」と言ったことがある。親兄弟でもないしのぶが、自分のけがを真剣に心配してくれたことが、伊之助の心に刻まれていた。負傷中の自分を優しく迎えてくれるしのぶに、伊之助は“母性”を感じていたのだろう。

 蝶屋敷で、親のいない子どもたちの母がわり・姉がわりをつとめ、自分の絶望と寂しさに耐えて笑顔を作る胡蝶しのぶ。自分の命を捨てて、妹たちを、仲間たちを、伊之助たち若き鬼殺隊隊士たちを守ろうとしたしのぶに、伊之助は「優しい母」の面影を重ねた。

■母の恩人であり「かたき」の鬼

 伊之助は、鬼との最終決戦で、胡蝶姉妹の「かたき」である「上弦の弍」の鬼・童磨(どうま)と対峙する。これをきっかけに、伊之助は断片的だった過去の記憶のかけらを取り戻していく。

 童磨は、自分の命に執着がない珍しい鬼で、同時に「人が生きること」にも関心を示さない。基本的には、童磨にとって若く美しい女性は「良質な食料」だが、過去に「手元に置いて生かし続けよう」と思った女性がいた。それが、伊之助の母・嘴平琴葉(はしびら・ことは)だった。

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「命にかえても伊之助は母さんが守るから」