クリオネは、日本では冬にしか見ることができず希少価値が高いとされるが、北の海にはたくさん生息しているそうだ。

「よく鮭がクリオネを食べています。体の小さいクリオネは数で勝負する生き物。オスでもメスでもあるという雌雄同体なのでたくさん増えます」

 雌雄同体は貝類やカタツムリなどの軟体動物に多いが、クリオネも巻貝の仲間だ。エサはどうすればいいのか。クリオネは「ミジンウキマイマイ」というクリオネ同様半透明の巻貝を常食としている。ただ、これを手に入れることはほぼ不可能だ。蝦名さんが飼っていたクリオネは、エサを一切食べずに冷蔵庫の中で1年以上生きたそうだ。

「家の冷蔵庫の中で飼うクリオネは、瓶の底に横たわって死んでいるように見えるのですが、少し動かすとパタパタと泳ぎだします。自然界では、海流を漂いながらエサを食べる時や敵から逃げる時などに泳ぐという、省エネタイプの生き物なのです」

 基本的には冷蔵庫に入れておくだけでいいそうだが、あえて世話をするなら瓶の底に溜まる藻のような「モヤモヤ」の処理だ。これは体から出たフンやぬめりといった排泄物で、放置すると水質悪化の原因になるため、スポイトで取り除いたほうがいいという。

 蝦名さんは瓶の中の海水を一度も入れ替えなかったというが、飼っていた人の中には、海水を入れ替えた後に死んでしまったというケースもあるそうだ。また、冷凍すると凍ってしまうので、間違えても冷凍庫に入れてはいけない。ちなみに死ぬと、半透明の部分が溶けだし、赤い部分の内臓が残るとか……。

 記者もクリオネを飼い始めた。前出の店で、「みんな小さいけど5匹いるよ」と社長が選んでくれた瓶を購入した。家に帰ってよく数えると、6匹いた。個体差はあるが、1センチくらいの大きなクリオネもいる。

 北の海からはるばる、春の暖かい都会にたどり着いたクリオネ。流氷が溶けると姿を消す儚い命だというのに、しばらくは冷蔵庫の中で人の目を楽しませてくれる。小さな体を一生懸命パタパタさせて泳ぐ健気な姿に励まされ、穏やかな気持ちになる。心なしか、冷蔵庫の扉を優しく閉めるようになった。

(文/AERA dot.編集部 岩下明日香)