由尾さんは、近年、日本の現代女性作家の作品が評価される背景には女性翻訳家の活躍も欠かせないという。たとえば国際的に権威のある全米図書賞を受賞した多和田葉子『献灯使』の翻訳はマーガレット満谷、柳美里『JR 上野駅公園口』はモーガン・ジャイルズと、どちらも女性だ。

「翻訳の質は性別に左右されませんが、これだけ多くの女性翻訳家の活躍は注目に値すると思います。私自身、翻訳は異言語へ置き換えるだけの機械的な作業ではなく、著者の『声』を伝える創造活動なのだと実感しています。好きな翻訳家を見つけて、その名前で作品を選ぶのも手ですね」

■英訳されることで親しみやすさが増す

 由尾さんがそんな翻訳家たちの技量を味わうために薦めるのが、源氏物語だ。英語の場合、これまで4人の翻訳者によって全訳されている。由尾さんは「それぞれ特徴があります。それは冒頭から早くも見て取れます」と言う。下に「桐壺」の冒頭部分について、4人の英訳を並べているので読み比べてほしい。

「源氏物語を初めて全訳したアーサー・ウェイリーの功績は大きく、日本文学を世界に紹介したという意味で最も影響力がありますが、どれが決定版とは言えません。比較して読むことが面白いです」

 古典は日本語でもハードルが高いが、現代英語で訳されていると、古語で書かれている原書より内容がわかりやすいといった利点もある。

「場所や時代、言語の壁を越え、世界中の人が楽しめる普遍的な物語を生み出せることも、翻訳作品の魅力だと思います」

◆由尾 瞳(よしお・ひとみ)
早稲田大学文学学術院准教授。2001年イェール大学卒業(英文学専攻)。05年東京大学大学院英語英米文学研究室修士課程修了(イギリス文学専攻)、12年コロンビア大学大学院東アジア研究科博士課程修了(日本文学専攻)後、フロリダ国際大学助教授を経て現職。日本近代文学、ジェンダー、翻訳、比較文学を研究するかたわら、川上未映子作品などの英訳も手がける。

(文/稲田砂知子)

※『AERA English 2021 Spring & Summer』より