私はそれぞれの方にお話をお伺いします。

 顕さんは、事前に送ってきた書類を見ながらそこに書かれている概要を一通り説明されました。

「ここで相談されたいことは何ですか?」と妻の瑠香さん(仮名、30代、外資系勤務)にも聞いてみます。

「…………」

お答えになりません。

「そしたら、顕さんの話をお聞きになってどう感じますか?」

 と聞いてみました。

「……彼の言っていることは、全て正しいんです……」

 とおっしゃいます。聞いていて私が苦しく感じました。

「苦しいですね」

 と言ってみました。

 瑠香さんの表情がちょっとゆるんだ気がしました。しかし、

「彼が言っていることが正しいことは、わかっているんです……」

 と続けられました。

「仮に彼の言っていることが正しいとしても、苦しいものは苦しいですよね」

 というと、しばし沈黙の後、

「私は何が苦しいんでしょうか?」

 とお聞きになりました。

「え、だって、自分のことを好きでいてくれると信じている人が、自分のことをおかしい、と言っているのは悲しいことだし、それを瑠香さんが自分が悪いからだと思い込もうとするのは苦しいことだと思いますよ。」

 と言いました。教科書的な分析や答えがあるわけではなくて、その時私が思ったままです。

 瑠香さんは

「そっか、私、悲しいんですね……いえ、悲しいというより怒っているんだと思います」

 とおっしゃいました。怒っているといいながらも、表情は柔らかくなられました。

 一方、取り残されたのが、顕さんです。顕さんに聞いてみました。

「瑠香さんと私の話を横で聞いていて、どう感じましたか?」

 顕さんは答えました。

「全く納得がいきません。私は客観的にみて正しいことを言っているのに、理不尽にブチ切れているのは妻で、そのことすら理解できないのに、妻が怒る理由が全くわかりません」

「顕さんは正しいことを言っているのに、ムカつきますよね」

 と私は言いました。

「ムカつくというか……怖いです。妻は大丈夫なんだろうか、おかしいんじゃないか、この人と一緒にいて大丈夫なんだろうかって」

 とおっしゃいます。

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夫は怖かった