大学院生の博士号は、指導教官である教授の影響が大きいため、上からの命令にNoといえず労働力を搾取されていた背景があります。このような現状は早急になくさなければなりません。

 話を戻しましょう。医師の大学院生は家庭を持っていることも多いため、生活も大変です。学費を支払いつつ生活費を医師のバイトとして稼ぎ、医学博士を取得するために研究もするので、苦労の多い大学院生時代を過ごします。

 また残念なことに、医学博士を取得したからといって、大学院卒業後にお給料が上がるわけではありません。そのため、わざわざ大学院に入って医学博士を取得する医師も減ってきているようです。

 こういった経緯から「大学院に入る意味はなんですか?」と若い医師に聞かれることがあります。

 直球で「大学院に入るメリットはなんですか?」と聞かれることもあります。

 現状では、医学博士が必要となるのは大学の教授や准教授など、限られた役職に限ります。ですので、「偉くなろうとは思ってないから大学院に入る必要はない」と考えている医師も増えています。

 私も医学博士を取得していますので、いったいこの「足の裏の米粒」がなんの役にたっているのか真剣に考えたことがあります。

 以前、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんがSNSで以下のような内容のことをおっしゃっていました。

「学校での勉強が役に立たないと考えるのは子どもで、勉強したことをどう役に立たせるか考えるのが大人」だと。

 医学博士も同じことだと思いました。そしてもう一歩踏み込んで考えると、学問そのものは役に立つかどうかで判断するようなことではない、と思っています。

 博士号を取得するということは、論文の内容をうのみにせず懐疑的に読むことができ、自分の頭で論理的に考え、新たな課題を見つけ、それを専門的に解決することができる、ということです。

 その理屈は論理的に正しいかどうか、論理の展開におかしなところはないか、この人の説明は論理的に矛盾していないか、こういった判断はきちんとトレーニングしないとできるようにはなりません。学問としての視座を高く持つために、大学院の博士課程に入り医学博士をとるものだと私はやっと理解できるようになりました。

 医師は人の命を預かる職業です。一生、勉強はついて回りますし、その専門の中で視座を高く持っておくことは重要なことです。

 学ぶ前に役に立つか考えるのではなく、深く勉強することが自分の人生を豊かにするということを、これからも若い先生たちに伝えていきたいと思っています。

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大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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