しかし、どうすることもできない「絶望」の時、そんな瞬間に人は神に願わざるを得ない。実弥にもそんな場面がおとずれてしまう。実弥はたった一度だけ神に祈る。

<あ゛あ゛あ゛あ゛頼む神様 どうかどうか 弟を連れて行かないでくれ お願いだ!!!>(21巻・第179話「兄を想い 弟を想い」)

 この世で1番大切なものを、実弥は失う。『鬼滅の刃』には「夜は明ける。想いは不滅。」という言葉がある。実弥の優しさと想いは、たしかに不滅であろう。しかし、実弥の夜のとばりが明けることはあったのか。失われゆく弟のかけらを、かき集めるように優しく抱きしめた実弥の手には、何が残されたのだろうか。

 死闘を終え、以前よりも少しほほ笑むようになった実弥のその後の幸せを願わずにはいられない。何もしてくれない神に、われわれは、ただ心をこめて祈る。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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