石井監督自身、映画を撮りながら、新型コロナウイルスに感染する怖さとともに、マスクの存在が人間の精神構造を変えてしまう怖さに気づきはじめた。

「それが良いことか悪いことかという以前に、マスクが人と人との距離感を変えていますよね。今までは夜道でマスクをして顔を隠してる人間がいたらぞっとしていましたが、今はマスクをしていない人が近づいてきた方がぞっとしますよね。何かが変わったんだと思います。物理的な距離はもちろん、心理的な距離も変えている。マスクが当たり前になってから、他人にきつい言葉を発することがさらに簡単に出来るようになった。僕はそう思います。きっと顔が隠れているせいで、自分の発言に対する責任みたいなものが減ったんです。ただでさえ本音と建前を使い分けてきた人たちが、マスクで表情が見えないのをいいことに、他人に対して本音を剥き出しにし始めている。そんなことを映画で表現出来ると思いました。これは全然話が飛躍してしまうかもしれませんが、この間、夜に自宅の近くを歩いていて愕然としたんです。周りに人が居なかったから、マスクを外していた。すると、隣の家の夕食の匂いが漂ってきました。マスクをしていたら、誰かが生活している匂い、もっと言うと、その事実さえ感じ取れない。これは異常だよなと気づかされたのです」

 マスクの着用をはじめ、飲食店の営業や県外移動の自粛、リモートワークの推進……。コロナ禍では、様々なことが、政府や自治体から自発的な行動として求められる。そしてその行動がなぜ必要かという本来の意味や根拠が徐々に忘れ去られ、ただ権力から指示された形式だけを墨守し、それに従っていない人間を見つけては、マスクで表情を隠したマジョリティーが寄ってたかってつるし上げる。

「何だかよく分かっていないのに、上から言われたからという理由で受け入れる。これって典型的なファシズムの前兆ですよね。いま、日本はすごく危ない状況になっています。もちろん以前からずっと危なかったんですが、いよいよ臨界点に近づいている気がします。今、体格が良くて声のいい為政者が登場して、まっすぐ前を見て朗々と何かを訴えてきたら、日本はすぐに一線を越えると確信しています。最近(注:このインタビューを行ったのは2020年12月上旬)、僕の周囲で『東京五輪はやるんですか。どうなんでしょうか。知っていますか?』という会話が多くなっています。どうしてそんなに受け身なんでしょうか。こんな大事なこと、国民が決められるはずですよね。『やるかやらないか教えてください』ではなく、自分の意思で、開催に反対するなり、開催を応援するなりすべきだと思うんです。政府のこととか別に信じているわけじゃないのに、なぜかある局面においてはひどく従順なんですよね。ファシズムにとってこんなに楽チンな国はないですよ」

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危険な状況はずっと以前からあった