尾野は、河瀬直美監督がカンヌでカメラドール(新人賞)を受賞した「萌の朱雀」でデビューし、NHKの連続テレビ小説「カーネーション」では、「芋たこなんきん」の藤山直美に次ぐ高齢の主演女優だった。彼女は他の女優とはまるで違う空気感をまとっている。他の監督とは異なる空気の石井監督との化学反応が楽しみだ。

「いやあ、僕が編集で間違わなければ、すごいことになると思いますよ」(※インタビューを実施した時点で、映画の撮影は終わっていたが、完成していなかった)

 石井監督は著書の「商業性と芸術性のバランス」という章の中でこう書いている。<僕は分類すればやや商業性を志向するグループに属しているのだと思う>。それも母親を亡くしていることと関係しているという。

「僕の友人に、周囲が引いてしまうぐらい愚直に自分の表現に邁進している映画監督がいるんですが、彼は観客のことなんか一切考えていない。自分の進む道を妨害しようする人間が出てきた時には必ず揉めるし、マジで殴りかかったりしますからね。それくらい鉄の意志のある人を見ると、僕なんて全然甘い。その違いはたぶん幼少期に由来していると思うんです。彼は怒りが創作の出発点になっているんじゃないか。僕は、片親で育った人間の典型で、『もう少し自分を愛して下さい』というところから始まっています。どっちかというと愛されるほうを選ぶ局面が多い。その友人はそんなことは全然求めていない(笑)」

 著書の「少年ノート」という章には<少年は例外なく狂っている。僕はそう確信している>と記している。少年は周囲が眉をひそめるようなことを、あえてやらかしては、叱られたりする。それはやはり自分に関心を持ってほしいからではないだろうか。

「それって、普通は大人になると治るじゃないですか。きっと治らない人が映画を作ってるんじゃないですかね。子どもの時におもしろいと思ったことを、僕は確かに今でも信じているのかもしれません。少年時代の狂気を否定しちゃうと、もう一度大人のルールでいろんなものを構築し直さないといけない。でもね、僕自身の経験で言うと、大人になってから培ったものなんて、たかが知れているんです。子どもの頃の感性しか信じようがない。そのことを『諦めなかった』という言い方ができるとは思いますね。いや、正確に言えば、諦めようとしたことすらない。本当にひどい大人です(笑)」

(文/朝日新聞編集委員・石飛徳樹)