<だけど いつまでもいつまでも 恨みがましい目をした 50人の腐った手が どこにも行けないよう 俺の体を掴んで 爪を立ててくる>(伊黒小芭内/22巻・第188話「悲痛な恋情」)

 伊黒は、罪の意識から逃れることができず、幸せな夢を見ず、どんなに多くの人間を救っても、死者たちから追われ続けていた。

■なぜ蛇の鏑丸を「友」としたのか?

 鬼殺隊入隊以前の伊黒の思い出は、おのれの「業突く張りで見栄っ張りの醜い一族」と、「蛇型の鬼」との記憶ばかりだった。彼の目にうつるものは、暗く狭い座敷牢だけだ。ただ、そこに迷い込んできた蛇の鏑丸だけは、伊黒の寂しさを癒やしてくれた。

 しかし、彼を苦しめ続けていたのは「蛇型の鬼」。本来ならば、蛇の姿は見ることも嫌なはずである。なぜ伊黒は、鏑丸を受け入れることができたのだろうか?

<女は俺の口の形を 自分と揃えると言って切り裂き 溢れ落ちる血を盃に溜めて 飲んだ>(伊黒小芭内/22巻・第188話「悲痛な恋情」)

 伊黒は口を裂かれ、蛇のような風貌にされていた。それを恥じて、彼は自分の口元を布で覆って隠す。一生消えないこの傷は、彼にとって「お前は、人殺しの蛇鬼と同類なのだ」という、呪いの刻印のように見えただろう。鏡を見るたびに、彼は大嫌いな自分の親族と、蛇鬼への恐怖を思い出す。

 しかし、そうやって自分の血を呪い、つけられた傷を嫌悪する中で、目の前にいる蛇・鏑丸は、まるで「自分」だった。蛇の仲間からはぐれた「孤独な蛇」。逃げ出してはみたものの、自分が「蛇」であることは変えられない。――たった1匹で自分の元にやってきた、この小さくて、幼くて、非力な蛇に、伊黒は自分自身を重ねた。

■強く、優しく、清廉な「蛇柱」

「めずらしい蛇の餌」という点で利用価値のあった伊黒は、母をはじめとする親族に、表面上は大切に育てられてきた。こんな生育環境のため、彼はとても疑い深くなり、「信用しない 信用しない」という言葉が、口癖になっている。

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わが身を賭して「自分の罪」をあがなう