写真はイメージです(Getty Images)
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北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、3月5日に起きた殺人事件について。逮捕された犯人はまったく知らない女性なのに、どこかで知っている気持ちになるという。

【画像】事件後問題視する声も。凶器にもなる道具といえば

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 長年の恨みが積もっていたという。暴力を振るわれ、お金を家に入れない夫だったと、女性は警察で話した。

 76歳の女性が83歳の夫の首をのこぎりで切って死なせ自首した。使ったのは刃渡り25センチの折りたたみ式ののこぎりで、一般家庭用の小ぶりなものだ。寝ている夫の首にのこぎりを立て、その後約2時間、女性は夫の上に馬乗りになり死んでいく様を眺めていたという。
 
 家にいくらでも凶器となるものはあるはずなのに。包丁でもなく、錐でもなく、金づちでもなく、ハサミでもなくのこぎりを使ったことに、女性の殺意が衝動的なものではなく「長年の恨み」という言葉以外ではあらわせないものであることを知る。夫には抵抗した跡があったというが、自分より小さかった妻に馬乗りになられた状態で身動きが取れないくらいには、体は弱っていたようだ。首が完全に切られていたわけではなく、出血も大量ではなかったため、圧迫死の可能性もあると語る専門家もいる。

 第一報からなぜか強烈にこのニュースに惹きつけられている。郊外の住宅街、小さな庭の小さな一軒家。40歳くらいの息子と高齢の両親の3人暮らしという高齢社会の今どきの家族。事件当時、息子は出かけていて、別に住んでいる娘に連絡し、娘に促されて110番をしてきたという。

 近所の人によれば、女性は事件の2、3日前に庭の木を全てのこぎりで切ってしまっていたという。「一生懸命切ってました」と女性の姿を見た人が話していたが、テレビ画面に映された庭には、真ん中あたりでバッサリと切断された木がいびつに並んでいる。木の切断面は白くつやつやとなめらかで、家庭用の小さなのこぎりで、こんなにきれいに切れるものなのかと思わず画面に釘付けになってしまう。テレビリポーターの男性が「電動のこぎりで切ってたのですか?」と近所の住人に質問していたが、それほど鮮やかに何本もの木が切断されていたのだ。のこぎりをひきながら、女性は何を思っていたのだろう。切り落とされた枝や葉はきれいに片付けられ、切断面が剥き出しになった木が並ぶがらんとした庭を見ているうちに、会ったこともない女性の後ろ姿が見えるような錯覚に陥る。

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北原みのり

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北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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