当事者の40代女性は、「私たちの障害のことを、知ろうともしてくれないんだなと悲しくなります」とこぼす。

 また、息子が障害を持つ女性は心情をこう話す。

「私の息子も、字や文章を書くことはできます。目につきにくい部分で、難しい問題を抱えているのです。きれいな字が書けるから障害はうそだと言うなら、息子も私もうそつきだと思われてしまうのでしょうか」

 この障害の専門医で、三軒茶屋内科リハビリテーションクリニックの長谷川幹院長によると、高次脳機能障害とは、脳卒中や事故による脳への外傷などが要因となる。主な症状としては、記憶力に問題が生じたり、自発的に行動できなくなったり、感情のコントロールが難しくなる。日常生活や仕事だけではなく、対人関係に問題が生じてしまうこともあるが、外見では気づいてもらえないことが多く「見えない障害」とも呼ばれている。

 長谷川氏自身、妻が脳の疾患で高次脳機能障害になった経験を持つ。リハビリに加え、本人の努力と周囲の人々の協力があって今は改善しているという。長谷川氏は、「この障害は症状がとても複雑で、人によってできること、できないことは異なります。ある当事者ができることの、その一面だけを見て障害はないと決めつけたり、疑われてしまうのは本人にとってもその家族にとっても、非常に辛いことです」と指摘し、その難しさを解説する。

「例えば字や文章を書くことで言えば、スラスラ書ける人はいますし、ゆっくり取り組めば問題なくこなせる人もいます。一方で、『失語症』という症状がある人は読み書きが難しくなり、話すことや、簡単な計算にも困難が生じます。ただ、失語症であっても、周囲の人の態度は目で見て分かります。例えば、ある場面で当事者が思ったことをうまく話せず、周囲が相手にしない態度を取った場合、本人は『相手にされていない』ということは理解できるのです」

 また、記憶障害がある人の場合、例えば最近の出来事をスラスラ話しているように見えても、実はいくつかの記憶が抜けていて、つじつまが合わないことを話しているケースもあるという。

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家族には大きな負担がかかっているケースも