久保建英 (c)朝日新聞社
久保建英 (c)朝日新聞社

 約9カ月前、ディエゴ・シメオネ率いるアトレティコ・マドリー相手に、1人の日本人選手がまばゆい輝きを放った。

 右サイドにポジションを取った19歳は、完敗した試合でも主役だった。世界最高の守備組織を誇るアトレティコを相手に緩急をつけたドリブルで翻弄。サウールを惑わすと、そのプレーを止めたヒメネスが怒りのあまりボールを地面に叩きつけた。それほど、この男のプレーは百戦錬磨の猛者たちを苦戦させたのだ。

 試合後のスペイン紙では絶賛が相次ぐ。最大手紙『マルカ』では最高評価。アトレティコセクションのチーフは「全惑星のフットボールスクールの教科書にすべきだ。なんて簡単にプレーするのだろう。アトレティコに彼のような選手がいたらどんなに素晴らしいことだろうか」とまで綴っている。この試合が彼のハイライトであり、「有望な若手選手」から「スペイン最高峰の逸材」としての評価を確立させた一戦でもあった。

 新型コロナウイルスに振り回されたあまりにも特殊で、彼にとってはラ・リーガ1部デビューシーズンは、素晴らしい形で幕を閉じた。その証拠に、昨夏には彼のレンタルに向けてスペイン1部の半数近いクラブが手を挙げた。さらにバイエルン・ミュンヘン、PSGといったメガクラブたちも才能に目をつけた。輝かしい未来は約束されたものだった――。

 月日が流れ、9カ月後の現在、その男は、ラ・リーガ13位に沈むチームで、居場所を失いつつある。直近2試合の出場時間は合わせて14分。6試合勝利から遠ざかる危機に瀕していたヘタフェは、彼なしでバレンシアに3-0と快勝。浮上のきっかけを見出した。動き出した船に、彼は乗り遅れてしまった。

 久保建英の今シーズンは、運も力量も足りないシーズンとなっている。

 開幕前には数多あるオファーの中からビジャレアルを選択。知将ウナイ・エメリの下で大幅な刷新が行われた中、その指揮官の熱意に応える形で移籍を決断した。序盤は慎重な起用が続いていたが、10月のヨーロッパリーグデビュー戦で1ゴール2アシストと印象に残る活躍を披露。再び世界を驚かせる。プレー時間に過剰に反応するメディアもあったが、カップ戦が中心でも19試合と、一定の出場機会と活躍の場は与えられていたように思う。

次のページ
指揮官と本人の考え方の違い