「仁」は、論語で最も大切な考えです。漢字の「仁」は「人」と「二」で作られていますが、これは親子の「愛情」を表します。孔子が生きていた紀元前500年ごろ、人は平均30歳で亡くなっていました。結婚して子どもを産み、親になるのが20歳だとしたら、子どもが10歳ぐらいで両親は亡くなってしまいます。医学、薬学が発達していなかった当時、親は子が病気になって死なないようにと最大の「愛情」で育てたことでしょう。こうして育って自分の親が晩年を迎える時、子どもはきっと親に対して「孝」という愛情を抱いたことでしょう。「孝」は、大事に育ててくれた親に対する感謝の気持ちです。

 孔子は、親子の間にあるこうした「愛情」を「仁」と名付け、そして他人に対しても「仁」の気持ちで接しなさいと教えたのでした。

 ご相談では、「妹は成績が優秀だけど自分はダメ、お姉ちゃんは習字がうまいけど自分は書けない……など、互いに比較しては自信をなくし、みじめな気持ちになっている」とあります。

 ですが、「仲のいい姉妹」と、互いが互いを大事に思う気持ちを共有していらっしゃるのですよね。

 素晴らしい姉妹ではありませんか!

 仲間同士、互いに励まし合って向上することをいう「切磋琢磨」は、もともと、孔子が編纂したとされる『詩経』で用いられた表現です。「切磋琢磨」は、決して、他人を蹴落として、自分だけが向上していくことをいうものではありません。「仲間を尊重し大事に思う気持ち」があって初めて生まれる向上をいうものなのです。

 自分とまったく同じように考える人など決していません。でも、自分と違う考え方だからといって、人との「違い」「差異」を知って自信をなくしたり、優越感を持ったりするのは「仁」の精神に背く行為でしょう。

 まず、娘さんお二人が、互いに共通して持っている「同類」の部分を見つけ合い、本当の意味での「切磋琢磨」をしていくのが大切な「比較」なのではないでしょうか。

 お父さんは、かけがえのない2人の女の子がいつまでも仲良く「切磋琢磨」していけるように「仁」の心で見守ってあげてください。

【まとめ】
「比較」には「類化」という視点もある。姉妹が互いに「同類」の部分を見つけ、切磋琢磨していけるように「仁」の心で見守ろう

山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ  0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。

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山口謠司(やまぐち・ようじ)/文献学者・中国学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞。『ステップアップ0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など著書多数。母親向けの論語講座も開催。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族

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