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イチローも目じゃない? 伝説の強肩・羽生田忠克の“不運”続きだった野球人生

久保田龍雄dot.
現役時代の西武・羽生田忠克(OP写真通信社)

現役時代の西武・羽生田忠克(OP写真通信社)

 イチローが“レーザービーム”で売り出す以前に、“球界一の鉄砲肩”と言われる外野手が存在した。男の名は羽生田忠克(本名・忠之)。

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 1983年にドラフト外で西武に入団し、97年限りで現役引退するまで実働8年、通算出場試合数341と出番はそれほど多くはなかったものの、100メートル11秒4の俊足と遠投127メートルの強肩で、西武黄金期のスーパーサブとしてチームに貢献した。

 今でも“伝説のプレー”としてファンの脳裏に刻まれているのが、87年5月6日の日本ハム戦で見せたスーパー大返球だ。

 3対2とリードした9回裏、完投勝利を期してマウンドに上がったエース・東尾修は、先頭の古屋英夫を二ゴロに打ち取ると、岡持和彦に左前安打を許したものの、代打・津末英明を三振に切って取り、勝利まであと一人となった。

 2死一塁で、田村藤夫はライトフェンス手前に高々と打ち上げた。風で右へ右へと流されていく打球を、この回から守備固めに入っていた羽生田が必死に追走し、ランニングキャッチしたかに見えた。これでゲームセット。誰もが信じて疑わなかった。

 ところが、打球はグラブの土手に当たり、ポロリとこぼれ落ちてしまう。この間に一塁走者・及川美喜男(岡持の代走)が三塁を回り、同点のホームを衝く。

「エッ!」。観衆が思わず驚きの声を上げたのは、次の瞬間だった。ボールを拾い上げた羽生田がバックホームすると、まさしくレーザービームのような送球がストライクで本塁に返ってきたのだ。もちろん、タイミングは余裕でアウトだった。

 だが、捕手の伊東勤は、タッチプレーの際にミットからボールをこぼしてしまう。そして、この瞬間、勝利の女神は西武から離れていった。

 3対3の同点で、なおも2死二塁、「落球で勝てると思った」という9番・高代延博が、東尾の内角シュートを中前に弾き返し、逆転サヨナラという幕切れに……。

「あるんだよ。こういうことが。長年やってると、何年かに1回はね」と東尾は苦笑いしたが、自らの落球がきっかけで、勝ち試合を暗転させる形になった羽生田は「風を計算していたし、視線も切らなかったけど……」と悔やんでも悔やみきれなかった。


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