東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)が12日、女性蔑視発言の責任を取る形で辞任を表明した。《沈黙しないで》という空気が徐々に広がり、元アスリートらが次々と声を上げたが、一方でその流れに重圧を感じていた元選手もいる。「辞めてくれてホっとした」。本音の裏にはどんな思いがあるのか。

【写真】森会長辞任で力を見せつけたのは、この女性政治家

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「自分に取材が来ることはないだろうと思いつつも、もし来たら何をどう答えれば良いのか、答えなかったら世間から何かを言われてしまうのか、胃が縮むような思いでした。森さんが辞めるというニュースを見てホッとしました」

 こう本音を語るのは、五輪出場経験のある元アスリートの男性だ。

 男性は森氏の女性蔑視発言については、「女性をバカにしている、問題外」と憤りを感じている。一方で「胃が縮む思い」になった原因は、森氏の発言に関する報道の中でたびたび取り上げられた《沈黙しないで》や《沈黙は賛同である》という意見だったという。

 前者は、日本にある欧州各国の大使館がツイートして反響を呼んだ。後者は元陸上五輪代表の為末大さんが森氏の発言を批判する意見をネット上で公表した際、《沈黙は賛同であると言われ、強く反省しています》と、自身の経験を記したものだ。強調しておくが、為末さん自身が「沈黙は賛同である」という考えを述べたわけではない。大使館の発言も、アスリートに対して呼びかけたものではない。ただ、男性には「同調圧力」のように感じられたという。

 男性は「為末さんや大坂(なおみ)さんたちが、あれだけ強く発言したことは本当に勇気があって立派なこと。拍手を送りたい」と前置きしつつ、思いを語る。

「性格的に、いろいろなことに表立って意見を言いたくない選手だっています。僕も私生活からしてそういうタイプです。競技だけに集中したいと考える選手もいます。必ず何か言えと強要されているわけじゃないのは分かるのですが、世の中に意見を言ったり、発信が苦手な選手には『沈黙は賛同と同じ』という言葉を見るのは苦痛かもしれません。見た目は沈黙ではあるけど、静かに怒るという権利も認めてほしいと思います」

 全国紙のスポーツ担当記者も、森氏発言について東京五輪出場予定や五輪出場経験のある複数の選手に取材を試みたが、断られた。

「怒っていた選手でも、日本オリンピック委員会(JOC)の重鎮はおろか、競技団体や所属企業、自分が参加する大会のスポンサーも意見表明していないのに、下手なことは言いたくないという考えが多かった印象です。揚げ足をとられてメディアが派手に騒ぎ立てて、結果、生意気だとたたかれて干されてしまうと警戒している選手もいました。アマチュアスポーツ界は典型的なムラ社会で、競技団体の上に立つのは同じ世界で実績を残した人。引退後の道を考えても、余計な言動や行動で波風を立てたくないという風潮は根強いと思います。また、政治家の、なぜその発言をしたかの意図も背景もわからない言葉に、その場にいなかったアスリートが意見する必要があるのかと疑問を口にする選手もいました」

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