韓国挺身隊問題対策協議会の尹貞玉・共同代表は、女性のプライバシー保護を理由に、本人に直接会わず、名前も出さないよう植村氏に求めた。植村氏は直接取材を断念し、匿名の証言テープを聴いて記事を書いた。記事は91年8月11日付朝日新聞大阪本社版朝刊社会面に「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く 思い出すと今も涙 韓国の団体聞き取り」の見出しで掲載された。

 記事が出た3日後の8月14日、この女性は金学順という実名を明かして記者会見した。12月6日には日本政府を相手取り、損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。植村氏は裁判準備のため訪韓した日本の弁護士らに同行して取材。金さんに直接会って聞いた証言を、12月25日付朝日新聞大阪本社版朝刊に「かえらぬ青春 恨の反省 日本政府を提訴した元従軍慰安婦・金学順さん ウソは許せない 私が生き証人」の見出しで記事に書いた。

 植村氏の記事について櫻井氏は、月刊誌「WiLL」2014年4月号で「植村氏は、彼女(金学順さん)が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない『女子挺身隊』と結びつけて報じた」と主張。「植村記者が、真実を隠して捏造記事を報じた」と断定した。「週刊新潮」「週刊ダイヤモンド」でも同様に書いた。

 植村氏は2015年2月に札幌地裁に提訴し、櫻井氏の文章に誤りがあると指摘した。金さんによる1991年の提訴をめぐって櫻井氏が「訴状には、14歳のとき、継父によって40円で売られた(中略)経緯などが書かれている」と書いた箇所だ。金さんの訴状にその記述はない。指摘を受けて櫻井氏は、2018年3月の被告本人尋問で「間違いですから、これは改めます」と認め、「WiLL」と産経新聞に訂正記事を載せた。

 2018年11月の札幌地裁判決は、植村氏の請求を棄却した。金さんが「継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」と櫻井氏が記した点について「真実と認めることは困難」と認定。櫻井氏の記述の「真実性」を否定した。ただし植村氏の記事が事実と異なると櫻井氏が信じるのには「相当の理由があった」として「真実相当性」を幅広く認めて櫻井氏を免責した。2020年2月の札幌高裁判決も一審を追認している。

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