ところが、ここから“奇跡”が起きる。秋山が左越え二塁打で口火を切ると、渡辺直人も死球で出塁。浅村栄斗もラッキーな捕前内野安打に悪送球も重なり、1点を追加して、なおも無死一、三塁と“友情リレー”が続く。

 中村剛也の中犠飛で5対1としたあと、メヒアは三ゴロも、懸命に走って併殺を阻止。栗山巧も粘って四球を選び、2死一、二塁で、森本に打順が回ってきた。

「ベンチでの『ヒチョリさんに回せ』という言葉に本当に感動しました」と泣きながら打席に立った森本は、三ゴロに倒れ、現役最終打席を安打で飾れなかったものの、9回もライトを守り、勝利の直後、ウイニングボールを手渡された。

 試合後の引退セレモニーでは、師匠・新庄氏がビデオメッセージで「引退セレモニーなんかしてもらえる選手はほんのヒチョ握りなんで、本人もこんな温かい球団とファンの前で最後を飾れて喜んでると思います」とダジャレまじりにエールを贈った。

 長いプロ野球の歴史の中でも、これほどファンサービスに徹し、個性を開花させた選手も「ほんのヒチョ握り」であることは言うまでもない。(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

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久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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