■「名もなき」英雄たちとその救済

 鬼殺を支える一般人、「藤の家」に住む年配の女性は、炭治郎、善逸らを送り出す際に「どのような時も誇り高く生きて下さいませ」と、「生きるのびること」と、彼らの「美しい心が失われないこと」を願う。隊士の「育手(そだて)」である、鱗滝左近次(うろこだき・さこんじ)は、「もう子供が死ぬのを見たくなかった」と炭治郎の頭をなでている。そんな大人たちの願いもむなしく、「子どもたち」の戦闘は激化していく。

 最終戦の鬼舞辻との戦いでは、「柱が来るまでに少しでも何か役に」と隊士たちが叫ぶ。鬼舞辻の攻撃から柱を守ろうとし「行けー!!進めー!!前に出ろ!!柱を守る肉の壁になれ!!」と己を鼓舞しながら、切り刻まれる隊士たちの顔や体つきは、いずれもまだ若く幼い。稽古で、炭治郎たちと訓練に励んだ「吉岡」「長倉」「島本」「野口」は生きているのか。結局、それもわからない。

<鬼狩りという組織が数珠繋ぎとなって それ自体がひとつの生き物のように私を絡め取らんとしている>(鬼舞辻無惨/22巻・第196話「私は」)

 とあるように、鬼舞辻を死のふちへと追い詰めたのは、最高剣士の柱たちや、炭治郎たちだけではない。名もなき隊士たちの尊い命と人生の重なりが、彼らの幸せだったころの思い出が、負けそうになった剣士たちに再び力を与え、炭治郎を「この世」に戻す原動力になった。その後の隊士たちが幸せな人生を送ることを、彼岸にいるかつての仲間たちはずっと見守り続けている。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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