新NHK大河ドラマ「青天を衝け」の主役である実業家・渋沢栄一が信奉していたことで、いまふたたび「論語」が注目されている。論語は、2500年前の思想家・孔子の教えをまとめた書物で、生き方の指針となる言葉の宝庫だ。「仁(=思いやり)」を理想の道徳とし、企業経営だけでなく、迷える現代の子育てにも役立つ言葉がたくさんちりばめられている。現代の親の悩みに対する処方箋として、中国文献学者の山口謠司先生が、論語の格言を選んで答える本連載。今回は、「3歳の息子の発達の遅れ」に悩む母親へアドバイスを送る。

山口謠司先生
山口謠司先生

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【相談者:3歳の子どもをもつ40代の母親】
 低体重で生まれた3歳の息子は、虚弱体質なうえに、赤ちゃんの頃から繊細・敏感でこだわりが強く、すぐ泣く「扱いにくい子」です。言葉も歩行も遅く、他の子よりも明らかに発達が遅れているため、保育園の行事や、ママ友の集まり、近所の公園にも積極的に行く気が起こらず、周囲から孤立していきます。ゆっくりと成長する息子に寄り添う時間は、かけがえのないものですが、先の見えないトンネルにいるようで毎日気分が沈みがちです。解決策はありませんか。

【論語パパが選んだ言葉は?】
・徳は孤ならず、必ず隣有り (里仁第四)

・子曰わく、人の生(い)くるや直し。之(こ)れ罔(な)くして生くるは、幸いにして免(まぬが)る (雍也第六)

【現代語訳】
・道徳のある人は孤独であることはない。きっと同類を周辺にもつ。

・人間は素直であってこそ、その一生をまっとうできる。素直でない人間が生きているのは、偶然の幸運として、罰を免れているにすぎない。

【解説】
 お答えいたします。「徳は孤ならず、必ず隣有り」と、孔子は言っています。

 ご相談に「孤立していきます」とありますが、お母さんは、「自分が孤立していくこと」を嘆いていらっしゃるのでしょうか。それとも、「扱いにくい」とお考えの「息子さんが孤立していくこと」をおっしゃっているのでしょうか。もしかしたら、両方かもしれませんね。

 さて、先に挙げた孔子の言葉は、普通、「徳がある人は、決して孤立することはない。家に必ず隣人というものがあるように、必ず同じように考えて共鳴する人がいる」と解釈されます。

 しかし、「徳」という漢字は、実は「人」という意味でも使われます。どんな人であってもその存在が「徳」なのです。なぜなら、「その人の存在」が、周りの人に影響を与えて、さまざまなことを教えてくれるからです。

「繊細・敏感でこだわりが強い」という性格の人は、「大ざっぱ・鈍感で無感覚」という人からすれば、自分もあんなふうになりたいなというところを、教えてくれるでしょう。

 同じように、「大ざっぱ・鈍感で無感覚」という人と一緒に過ごすことが多くなると、息子さんもそういう人たちの優れた面を学ぶことができるのではないでしょうか。親が子どもにしてあげられる最大のことは、たくさんの人たちと交わる「楽しい環境」を作ってあげることです。

 人はみな、性格や顔、体格、健康状態なども異なります。だからこそ、互いに影響し合い、学び合う関係ができるのです。そして、それぞれの長所を見て、「自分もああなりたい」と思うなら、どんなことがあっても決して「孤立」することはありません。相談者さんは「ママ友の集まり、近所の公園にも積極的に行く気が起こらず」と言わずに、どんどん人と関わっていただきたいと思います。ただ、実行するには、パワーが必要ですね。

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山口謠司
山口謠司

山口謠司(やまぐち・ようじ)/文献学者・中国学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞。『ステップアップ0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など著書多数。母親向けの論語講座も開催。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族

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