この小倉と上沼の2つの例を見て、私は「いよいよ時代が変わってきたな」と思った。タレントがネットの評判を意識してしまうという現象は今までもあったのだが、彼らのような世代にまで影響を及ぼすようになったというのは新しい現象である。

 ネット上ではSNSなどを中心に高齢者に対する怒りと恨みの声が渦巻いている。そこでは「老害」という言葉がよく使われる。他人に害を及ぼす老人を指す言葉だ。

 ネット上で老人批判が流行っている理由は、彼らが若者や現役世代にとって共通の敵だからだ。今の高齢者は、若い頃に右肩上がりの高度経済成長を経験しており、その後はバブル期を迎え、明るく華やかな時代を生きてきた。

 一方、今の40代以下の世代は、好景気を知らず、不景気が延々と続く中で育ってきた。そんな若者や現役世代にとっては、いい時代を過ごしてきた高齢者たちは、下の世代と価値観がずれている上に、のうのうと既得権益を貪っている許しがたい存在に見えてくる。

 だが、彼らのネット上での老害批判は、これまでは高齢者自身に届くことはなかった。高齢者の多くはネットに慣れておらず、SNSなどを使うこともないからだ。

 ネットの影響力がどんどん大きくなるにつれて、その声を誰もが無視できなくなってきた。たとえ自分ではネットを見ていなくても、人づてに評判は耳に入ってくる。ついに「老害」自身に批判の声が届くようになってしまったのだ。

 私は決してその状況を肯定したいわけではない。ネットの声は現実にある人々の多様な意見をそのまま反映したものではない。ネット上では、極端な内容の少数意見が拡散しやすく、声なき多数派の正論や、穏当な意見は広がりにくい。ネットの感情的な意見が過度に影響力を持ってしまうのは危険なことであると思う。

 だが、もはや私たちはそこから逃れられない。小倉や上沼のような人生経験豊富で極端に我が強い人間ですら、ネットの声を気にしてしまう時代になった。

「老害批判にも妥当なものとそうではないものがあり、それを冷静に区別して考える必要があるのではないか」と個人的には思うけれど、そんな穏当な意見はもちろんネット上では広まるはずがないのである。(お笑い評論家・ラリー遠田)

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ラリー遠田

ラリー遠田

ラリー遠田(らりー・とおだ)/作家・お笑い評論家。お笑いやテレビに関する評論、執筆、イベント企画などを手掛ける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』 (イースト新書)など著書多数。近著は『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)。http://owa-writer.com/

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