彼は功名心だけでは到達できない域まで強くなった。桑島という師に恵まれ、彼の孤独はここでいったん軽減された。しかし、皮肉なことに、その後、獪岳にはさらなる変化が訪れる。桑島が、自分と善逸の2人を後継としたのだ。獪岳は再びねたみの心にとらわれしまう。

 獪岳は結局死ぬまで、自らの孤独について、師・桑島に素直に口にすることができなかった。彼が本当に伝えたかったのは、「俺は俺を評価しない奴なんぞ相手にしない」という自尊心などではなく、「他の子どもを見ないでくれ。俺だけを愛してくれ。」という純粋な気持ちだったはずだ。獪岳がそれを言うことができていたら、自分が鬼になることもなく、桑島が自死することも、善逸が「兄貴」を斬ることもなかった。

 獪岳は「かわいそうな子ども」である。彼は永遠に孤独で、永遠に誰かをうらやんでいる。彼がもしも生まれ変わることができたならば、今度は愛を欲していることを素直に言葉にできますように。心の中の「穴」を見つめることができなければ、心は「鬼」に支配され、たくさんの人を殺し、死に際しても誰も救済に来てくれはしないのだ。『鬼滅の刃』にはそんな教訓が含まれている。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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