実は獪岳は、剣士になる以前の岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま・ぎょうめい)に育てられていた過去があった。しかし、獪岳は金を盗み、それを仲間にとがめられたため家を飛び出した。その時、鬼に遭遇し、自分が助かるために、鬼を悲鳴嶼の家に手引きしている。悲鳴嶼によって鬼は駆逐されたが、一緒に暮らしていた子どもは、ただ1人の少女以外、全員死んでいる。

 このように、獪岳は自分が生き残るために、他者の命を平気で踏みにじる。獪岳には、命乞いと裏切り、盗み、いじめ、といった許されざるエピソードばかりが出てくる。なぜ彼はこんな性格になったのか。素晴らしい師匠、心優しい仲間と暮らした日々は、獪岳の心を良い方向に導かなかったのだろうか。

■おびやかされる立場、自分の実力への不安

「鬼殺隊最強」ともうたわれた桑島は、圧倒的な実力者だったが、後継である獪岳と善逸は、どちらも「雷の呼吸」のすべてを使えるようにはならなかった。獪岳は、6つの技のうち5つは使えたが、「壱ノ型・霹靂一閃(へきれきいっせん)」だけ習得することができず、善逸は「壱ノ型」しか使うことができなかった。

 他の柱や、その後継者たちを見ても、すべての技の基本となる「壱ノ型」が使えない者はおらず、技がたったひとつしか使えない者もいない。獪岳は泣き虫の善逸を見下していたからこそ、自分が善逸と同じく「不完全な後継者」であることが受け入れられずにいた。獪岳も善逸も技の習得という意味では「特殊」であったが、他者を圧倒するほどの才能と実力に満ちていた。しかし、「壱ノ型」が使えない焦りは、善逸への怒りとなり、師・桑島への不信感となって蓄積されていった。

 獪岳の不満の理由は、桑島が善逸を自分と「分けへだてなく」育てたからである。獪岳からすれば師匠との貴重な時間を「後からやってきた者」に奪われたことになる。獪岳にとって善逸は、自分の生活そのものと、「雷の呼吸」の「唯一無二の後継」という立場を脅かすものだった。

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自分だけを見つめてほしいという切望