2010年にノーベル化学賞を受賞した米国Purdue大学根岸英一特別教授(専門は有機合成化学、筆者の留学先の研究室の先輩)は、受賞後に真っ先に「人工光合成」開発の重要性を指摘しました。根岸教授の指摘が契機になったのか、現在は「人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)」という国家的プロジェクトも動き出しています。

 光合成はいくつもの段階に分かれた複数の反応ですが、大まかには、太陽の光エネルギーを吸収して化学変化がおこる「明反応」と、その産生物を使ってCO2から糖質を合成する「暗反応」の2つの反応に分けられます。

「明反応」のステップでは、光エネルギーによって水が分解され、酸素と水素イオンと電子が生じます。この酸素が大気中に存在する酸素の源ですから、光合成が、いかに優れた貴重な反応であるかが分かります。

「暗反応」のステップでは、明反応で結果的に生成する水素とCO2から、多くの複雑な反応を経て糖質という有機化合物が合成されています。このステップを模倣し、発電所や工場などから排出するCO2を原料として、糖質ほど複雑でなくとも有機化合物を合成できれば大気中のCO2を減らすことにつながります。これが「人工光合成」です。そのためには水から、まずは水素を取り出すことが必須です。

 さらに重要なことは、明反応の過程で電子を生じていることです。もし、この過程を人工的に再現できれば、水から電子を取り出すことができ、これを電気エネルギーとして使うことが可能になります。これはかなり難しいのですが、究極の「人工光合成」と言えるでしょう。

■   夢の技術の実現は?

 人工光合成はまさに夢のような技術ですが、実用化にむけて今はどのような段階にあるのでしょうか。

 まず、人工光合成における「明反応」では、太陽光を利用するために化学反応を促す「光触媒」が必要になります。その効率が課題でした。

 それが、ARPChemと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は5月29日、信州大学、山口大学、東京大学、産業技術総合研究所と共同で、紫外光領域ながら世界で初めて100%に近い効率で、水を水素と酸素に分解する粉末状の半導体光触媒を開発したと発表しました。さらに技術革新が進めば、紫外光ではなく太陽光を光触媒が吸収できるようになるかもしれません。水を直接、水素と酸素に分解する「人工光合成」技術の実用化も現実的になってきたといえます。

 暗反応のステップについても、上記の研究機関は、水から製造する水素と発電所や工場などから排出するCO2を原料として、炭素数が2~4のエチレン、プロピレン、ブテンを合成する方法をすでに研究開発中です。

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よく耳にする「水素」って何がスゴいの?