口を覆う部分が透明になった「シースルー愛マスク」。「マウスシールド」等の名称で上部が開放された透明マスクが出回っているが、このマスクは顔に密着するため安心感があると人気を博す。写真提供:上中まや)
口を覆う部分が透明になった「シースルー愛マスク」。「マウスシールド」等の名称で上部が開放された透明マスクが出回っているが、このマスクは顔に密着するため安心感があると人気を博す。写真提供:上中まや)

 年末年始の帰省によって、普段は離れて暮らしている家族・親戚と再会する人もいるだろう。そんなとき、高齢者、とくに認知症をもつ人にとってはマスクを着けていることがコミュニケーションの障害になる可能性がある。

【写真特集】コロナ禍で誕生したさまざまなマスクはこちら

 吉中信子さん(39・仮名)の母親(72)が認知症と診断されたのは2年前。以来、姉と交代でたびたび実家に戻っては介護をするという生活を続けてきたが、その事実に気づいたのは新型コロナウイルスの感染拡大が始まって4カ月ほど経ったときのことだった。

「買い物から戻り、母に『ご飯食べる?』と問いかけたんです。すると、母は“何を言っているかわからない”というような怪訝な表情を浮かべました。認知症だから曖昧な受け答えをすることは普段からありましたが、そんな反応は初めてで違和感を覚えました」

 そのとき吉中さんはマスクを着けたままだった。発音が不明瞭だったのかと思い、再度大きめの声で質問を繰り返すが母の表情は変わらない。何度かこうした経験を繰り返したのち、マスクで口の動きが隠れていると話の内容が伝わらないのだと吉中さんは気付いた。

「意外なことでした。認知症の人にとって、相手の顔全体が見えていることは大切なようで、話が伝わらないばかりか、母と一緒に外出するとマスクをした他人を私だと思って、ついていってしまうということもありました」

 マスクをしていると声がこもり、会話がしづらくなるのはよく耳にするケースだが、認知症の人々にとってのマスクの不便はそれとは一線を画すものだ。これは介護の現場でも問題になっている。愛知県の介護施設で、介護支援専門員兼介護副主任として働く但田昌美さんは語る。

「感染が拡大してから介護現場でも職員がマスクを着用するようになったのですが、入居者さんとのコミュニケーションがうまくいかなかったり、不安がったりするので多くの介護士が苦労しています。介護をするうえで表情はとても重要なもの。認知症の方々は相手が敵か味方かということに敏感なので、『わたしは味方ですよ』という気持ちを込めた笑顔で接しないとうまくいきません。けれど、マスクはその表情の大部分を隠してしまう」

 こんなとき、認知症の人には何が起きているのか。老年行動学・老年心理学を専門とする大阪大学の佐藤眞一教授は、考えられる原因のひとつとして「情報受信の明瞭さの低下」を挙げる。

「一般論として、高齢者はすべての情報受信の明瞭さが低下するため、話を理解するために若い人よりも多くの手がかりが必要ということもあるでしょう。若い人なら、顔を見なくても声だけで、相手が誰なのか、自分に話しかけているのか、何を言っているのか、といったことがわかります。しかし、加齢に伴って徐々にそのような敏感さが低下し、声や視線や表情や態度など、多くの情報を手掛かりにして理解するようになるのです」

次のページ
草の根の声から生まれた「マスク」