二人の出会いと、二人の心の動きは、決して他人事ではない…
二人の出会いと、二人の心の動きは、決して他人事ではない…

結生さんが描いたイラスト。左から「おうちがわたしの知る世界(すべて)」と「わたしがいない」
結生さんが描いたイラスト。左から「おうちがわたしの知る世界(すべて)」と「わたしがいない」

結生さんが描いたイラスト。左から「世界ってこんなに広かったんだ」と「いつでもおいで」
結生さんが描いたイラスト。左から「世界ってこんなに広かったんだ」と「いつでもおいで」

 結生さんと元新聞記者の小坂綾子さんの出会いは、新聞連載企画のために小坂さんがインタビューを申し込んだことがきっかけだった。

【結生さんが描いたイラストはこちら】

 結生さんは、生まれてまもなく実父のDVで乳児院に預けられ、その後、一時期は実母と義父のもとで暮らすが、両親から暴力と性暴力を受け、再び児童養護施設に入り、育った。取材のために出会った二人は、お互いにお互いを一目で好きなったと言う。

 もっと話したいという何気ない気持ちが、「本」という形に結実し、書籍『あっち側の彼女、こっち側の私』は生まれた。これまでの思いを、二人に振り返ってもらった。

*  *  *

■親を敵視するような構図では描きたくなかった

小坂:結生さんは、多くの困難を抱えながらも真正面から自分と向き合って希望を見出して生きているので、本を作る大前提として、彼女の生きざまを伝えられれば、今しんどい思いをしている人の力になるはずだ、という確信がありました。教育や支援のあり方を問う側面もあります。ただ、「壮絶な人生を歩んできた人の物語」として作りたくはなかった。もっと普遍的な、人間の本質を問う内容にしたかったんですよね。

 だって、大きな困難を抱えていなくても、生きるか死ぬかの深刻な状況に置かれていなくても、誰でも何かしら悩んでいるはず。それは結生さんもよく口にしていました。「人は変われる」っていう希望を伝えたいけれど、「こんなにしんどい人が頑張ったんですよ」って言いたいわけじゃない。同じ体験をしていない人でも、「あ、こんなふうに自分と向き合えばいいんだな」っていう小さなヒントがいくつも見つかるような、自己啓発本のようなものになればと思っていました。私自身、彼女と出会って行動を起こしているので、その経験が大きかったですね。

 結生さんに対しては、出会った時から「あっち側」っていう言葉にハッとする感覚があったし、生育環境も年齢も違う相手だけど、同じ問題意識をもって同じ方向を目指している人なのかなと、ぼんやり思っていたのかもしれません。出会った当初はお互い「あっち側」だと思っていたけれど、対話するなかでそれがよくわからなくなってきて、「あっち」と「こっち」を隔てる壁の正体を解き明かしていく感じだったから、社会の分断を生む「見えない境界線」は一つの大きなテーマでした。

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