葉真中:証言小説は聞き手を特に設定せずに証言者の問わず語りにする形もあれば、聞き手の人物像が明確になっているものもある。さらに、聞き手は誰なんだというところで、ミステリー的な味わいを加味することもできる。今回は、聞き手が小説を書くために取材しているということだけを最初に明かしています。証言を集めていくなかで、ハルという不在の中心の人物像とはまた別に聞き手の輪郭も作られていくというような構造が面白いだろうと思い書き進めたのですが、最後の加筆修正の段階で、聞き手がどうして今になってバブル期の小説を書こうとしたのかという動機そのものが、まさに現在のコロナ以後の状況に結びつくと気が付き、こういう着地になりました。

――じゃあ、あの驚きの結末は、最後の最後に決まったんですか。

葉真中:結末を思いついたのは修正原稿を提出する約束をしていた前々日くらいで、それまではふんわりとした状態だったんです。

――本作が証言小説としてユニークなのは、朝比奈ハルと刑務所で同房だった、宇佐原陽菜という若い女性の証言がひとつおきに出てくる点です。彼女は生前のハルから話を聞いていたので、それを語ってくれる。Aさんが言っていたことについて、ハルはこう言っていた、と検証できるんですよね。

葉真中:何人もいる証言者の言っていることが食い違ったり一致したりしていますよね。それぞれが自分の主観で話しているから、正解はないんです。だから最終的に朝比奈ハルがどういう人間だったのか、解釈は読者に委ねています。もうちょっと複雑にして読者を迷わせるやり方もあると思いましたが、読みやすさを優先しました。解釈は委ねるにしても、大筋に関しては、読んだ人全員にこれがどういう小説なのかすんなり分かってもらえる形にしようと思って。私が書いているのは、いってみればエンタメ小説ですから。

(インタビュー/瀧井朝世)