【13回忌を悼む】飯島愛さんの死の直前に会った医師が感じた「異変」 (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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【13回忌を悼む】飯島愛さんの死の直前に会った医師が感じた「異変」

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飯島愛さん(写真提供=赤枝医師)

飯島愛さん(写真提供=赤枝医師)

飯島愛さんが残したメモ。「(台風が来て)たいへんじゃじゃじゃじゃーん」という文字の横に、指揮棒を振るベートーベンの似顔絵(写真提供/赤枝医師)

飯島愛さんが残したメモ。「(台風が来て)たいへんじゃじゃじゃじゃーん」という文字の横に、指揮棒を振るベートーベンの似顔絵(写真提供/赤枝医師)

 元タレントの飯島愛さん(享年36歳)が、今年13回忌を迎えた。

 飯島さんが変わり果てた姿で自宅マンションから発見されたのは、2008年12月24日だった。病死とみられている。

【写真】飯島さんが残した自筆のメモとイラストはこちら

 没後10年となった2018年12月。AERAdot.では、亡くなる間際まで親交のあった編集者・福光恵が、タレント仲間や芸能関係者、医師らを改めて取材し、7回の連載記事として掲載した。

 13回忌を迎えた今年、当時の連載から一部を再配信する。今回は、飯島さんが亡くなる数日前に会っていた医師、「赤枝六本木診療所」の赤枝恒雄院長による証言だ(年齢や肩書は掲載時のまま)。

*  *  *
<<十年くらい前に、ニューヨークにいる友達が、どんどん知り合いがエイズで死んじゃうって言ってたことを思い出した。日本も、そろそろ学校とかで、ギョウ虫検査みたいにエイズ検査をやらないといけないと思う>>
(著書『生病検査薬≒性病検査薬』(朝日新聞社)の「エイズ・デー」より)

 まるで思いつきのような言い方だが、意外にそうではなかった。飯島愛さんは実際にも、ストップエイズなど性に関する啓蒙イベントに、積極的に参加していた。2004年には、厚労省やエイズ予防財団などが12月1日の「世界エイズデー」の前におこなったトークイベントに参加。こうした活動を始めたのは、飯島さんの芸能界時代からのかかりつけ医で、六本木の街角での性に関する無料相談室などで知られる「赤枝六本木診療所」の院長、赤枝恒雄医師との交友がきっかけだった。

「こうやって、いつもおもしろい手書きのメモを残してくれてね」

 六本木の診療所を訪ねると、赤枝さんは飯島さんの写真や手紙、雑誌の切り抜きなどをまとめたスクラップブックから1枚のメモを取り出して、目を細めた。「(台風が来て)たいへんじゃじゃじゃじゃーん」という文字の横に、指揮棒を振るベートーベンの似顔絵が描いてある。うまい。


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