けがの静養と、訓練のために滞在していた蝶屋敷(胡蝶しのぶの邸宅)の屋根の上で、瞑想をしている炭治郎のもとに、胡蝶しのぶがやってくる。チョウのように軽やかに現れたしのぶは、唇が触れるほどの距離まで炭治郎に近づく。ぽかんと口を開け、頬を赤らめる炭治郎の表情は、これまで見せたことがないものだ。(6巻 第50話「機能回復訓練・後編」)


 
 しばらくたって、炭治郎は刀鍛冶の里で、甘露寺蜜璃と出会う。胸のあらわな蜜璃に対し、「あっ 気をつけて下さい!! 乳房が零れ出そうです!!」と注意の声かけはするが、炭治郎はまったく動じているふうではない。にもかかわらず、その後、内緒話を耳打ちした蜜璃に対して、炭治郎は鼻血を大量にふき出すほど、ドキドキしてしまうのだった。

 この場面の炭治郎は、前述のしのぶとの会話シーンよりもいくぶん成長しており、体格も顔立ちも大人っぽくなっている。しかし、蜜璃の接近には、なす術もなく目を見開いて驚くしかなかった。この炭治郎の表情は、全巻を通しても極めて珍しい。(12巻 第101話「内緒話」)

 この2シーンで見せた炭治郎の胸の高鳴りは、読者たちに、しのぶと蜜璃の魅力を強烈に印象づけた。

■2人が抱える「鬼殺」の理由

<怒っていますか? なんだかいつも怒ってる匂いがして>(6巻 第50話「機能回復訓練・後編」)  

 これは炭治郎のしのぶに対する問いだ。しのぶは、両親を鬼に喰われた後に、姉・カナエとともに鬼殺隊に入隊している。大多数の鬼殺隊のメンバーと同じく、彼女が鬼狩りになったのは、あだ討ちのためであった。彼女はいつも怒っている。鬼にも「鬼にならざるを得なかった」同情する理由がある――そうわかっていても、彼女は家族を殺害した鬼に、怒りの刃をふるい続けるしかなかった。しのぶは怒りで、自分自身を摩耗していく。  

 本当のしのぶの内面は優しく、傷ついた隊士たちを癒やし、継子たちの姉代わりを務める。その姿はまるで「女神」のようだ。しかし、彼女は自分自身の幸せについて、夢をにじませることは一切ない。「だけど少し…疲れまして」とつぶやくシーンは、しのぶが歩んでいる人生が、いかに悲しみに包まれたものであるのかを示している。  

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「自分の存在」を否定された蜜璃の苦悩