弟は20歳になったころ、「専門学校に行く」と言い出して、県外で一人暮らしをしたことがある。家族は「ようやく歩き出した」と大喜びしたが、たった1年で戻ってきてしまった。そのあと、バイトをしたが、続かなかった。

「30歳くらいの時に、近くのコンビニに履歴書を出したらしいのですが、落とされてやる気をなくしてしまったみたいです。それからは、就職活動も一切やめてしまいました」(美奈さん)

 母親は、そんな息子を責めることも叱ることもせず、優しく見守った。カウンセリングを受けさせたり、地域のサポートセンターに相談に行ったりすることも全くなかったという。父親はというと、弟との関係にはもともと距離があり、コミュニケーションが少なかった。結局、両親は長い間、手を打とうとすることがなかったという。

 引きこもりは、学校に通っているときは学校側が心配してケアをしてくれるが、学生・生徒でなくなると、家族が頼まない限り、第三者が積極的に関わってくれることはほとんどない。法を犯しているわけでなないので、誰かが当事者の元にやってきて「出てきなさい」「働きなさい」と、解決に向けて動いてくれるわけでもない。家庭内暴力をふるう、精神疾患で治療が必要、外で事件を起こすなどの問題がない限り、他者の介入はなく、そのまま月日は流れていく。

■    姉からみて母は弟には甘かった すぐかばう

 慎吾さんは、多くの引きこもりの人のように、部屋にカギをかけることもない。ゲームに没頭することも、昼夜逆転することもない。口数は少ないが、話しかければ普通に答えるし、朝、昼、晩と家族と一緒に食事を共にする。頼めば掃除や洗濯など、手伝いもしてくれる。それ以外の時間は、自分の部屋でベッドに座って、インターネットを眺めて過ごしているという。

 盆や正月に、親せきの家にあいさつに行くときも、嫌がらずについてくる。親せきの結婚式や葬式にも普通に出席する。運動不足のため少し太り気味だが、不健康というほどでもない。

 うるさく言うことのない両親に囲まれて、毎日が平和に過ぎていく。全く、家庭に問題はない。ただひとつ、慎吾さんが「働かない」ということを除いては。

 慎吾さんは、それで幸せなのだろうか。

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「どうなってんの?」に弟は口をつぐんだまま